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挨拶は強引に
玄関までの短い距離を二人で歩いている。
「緊張するね」
「緊張しているようには見えないですけど…」
そう言った千秋さんの顔はにこにこしていて、全然緊張しているようには見えない。
どっちかというと、俺の方が緊張している。
家まで向かう車の中で、千秋さんと恋人同士?になったと思えば、キスを2回もされて――。ま、1回は頬だったけど。
玄関までの短い距離。あっという間に着いた俺たちは、玄関の扉の前に立った。
はぁっと溜息を吐き、チャイム押した。
『はぁ~い?』
「えーと。俺だけど…」
ピンポーン。というチャイム音が鳴り、5秒もしない内に母の声が聞こえた。
『碧?』
「うん」
俺だと確認すると、プツっと切れる音が聞こえた。
あと、何秒もしないうちに母がこの扉を開けるだろう。
緊張がマックス状態の俺は、こっそり横に立っている千秋さんの顔を見たが、にこにこ笑顔のままだ。
「鍵持ってなかったの?昨日は帰って―――」
扉を開けながら、そう口にしている母さんが止まったまま、隣の人物を凝視している。
「こんにちは。私、碧さんと同じ職場の高宮千秋と申します」
そんな母さんに向かって、にこっと微笑み、先ほど買ったケーキの箱を渡した千秋さん。
「あら~。ありがとうね」
一気にご機嫌になった母さんは、今まで聞いたことのないほどの声の高さで、千秋さんを招き入れた。
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