30 / 132
挨拶は強引に
リビングのソファーに座った俺たち。
母さんは鼻歌を歌いながら、キッチンで紅茶の準備をしている。
「母さん、父さんは?」
休みの日は、リビングで新聞や小説を読んでいる父さんの姿が見当たらない。
「お父さんなら職場の人とゴルフに行ったわよ」
お盆にお皿と紅茶の入ったティーカップを持ってきた母さんは、俺の横に座った。
そっか。
父さんがいないのに、千秋さんの家にお世話になるって話をしてもいいものだろうか…。
「これ、お父さんの分も買ってきたので、帰ってきたらぜひ勧めてみてください」
「あら~。ありがとうございます。これなら、お父さんも食べると思います」
ケーキの箱を開け中身を確認した母さんは、持ってきた皿にケーキを取り分けていった。
このまま、千秋さんは一緒に住むことを言うんだろうか。
千秋さんを見ると、落ち着いた様子で、母さんが入れた紅茶を飲んでいる。
カップをソーサーにゆっくりと置いた千秋さんは、母さんに一緒に住むということをいきなり切り出した。
母さんは案の定、ショートケーキを食べている手を止め、千秋さんと俺を交互に見ている。
「紀陵高校から私の家の方が近いので、私から提案したんです」
目をこれでもかと言わんばかりに、見開いている母さんが千秋さんの顔をじっと見ている。
「千秋さんはそんないいんですか?」
「はい。教師って仕事は朝も早いし、夜も遅くなったりするので、私の家から通えば少し碧さんが楽になるかなと思いまして…」
真剣な顔で母さんを見ている千秋さん。
そんな千秋さんの顔に照れたのか、ほんのり頬を染めた母さんは「……お願いします」と呟いた。
……お願いします。って、え?何、了承したの?
千秋さんも母さんのその答えに驚いた顔をしている。
ともだちにシェアしよう!