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モデルの千秋さん

「――お疲れ様でした」  千秋さんが長谷さんやスタッフの人達に発した声に我に返った。 「この写真すぐ現像して、碧くんにあげるよ」  長谷さんが俺に近づき、千秋さんに聞こえないように耳打ちした。 「え、いいんですか?」 「もちろん」  俺は見惚れていた千秋さんの写真をもらえることに嬉しくなり、笑顔で長谷さんにお礼を言った。 「待て待て。その笑顔を俺に向けないでー」  なぜか、おどおどし始めた長谷さん。  俺そんなに気持ち悪い笑顔してたかな…。  確かに嬉しくて、ちょっとにやけてたかもだけど。 「長谷さん、碧に何したんですか?」  怯えながらこの場を去ろうとしていた長谷さんに、すかさず千秋さんが呼び止めた。 「あっ、千秋さんお疲れ様です!」  俺は千秋さんに労いの言葉をかけた。 「碧くんありがとう」  いつもの優しい声音に優しい笑顔の千秋さん。  さっき撮影で浮かべていた、クールな表情の千秋さんもかっこよかったけど、今の優しい雰囲気の千秋さんがやっぱり好きだな。 「で、長谷さんはなんでさっき碧に近づいてたんです?」  千秋さんが俺を意識しているうちに、逃げようとしていた長谷さん。  結局、千秋さんにもう一度呼び止められて逃げられなかったけど。 「いや、千秋が疑っていることは何もないよ?」 「じゃあ、そんなに顔を寄せて話さなくてもいいのでは?」  完全に怯えた顔をしている長谷さん。 「あぁ~もうまた千秋、嫉妬しちゃって」  新しい衣装に着替え、スタジオに入ってきた彩さんが面白そうに此方を見ている。 「……千秋さん、本気なんだ」  水野レンは俺の隣に立ち、ぼそっと呟いたが、その意味がよくわからず首を傾げた。  はぁーっと大袈裟に大きな溜息を吐いた水野レン。  横目で俺を睨んでいる。 「……仕方ない、いいこと教えてやるよ」  水野レンは、自分の首筋を指差した。 「――意外に目立ってるぞ」  何が?  水野レンは何が言いたいのか分からず、首を傾げる。  伝えたいことがあったらしっかり主語も言わないと、分かるわけないじゃん。 「よしっ!彩ちゃんとレン撮影再開するぞ。千秋はその服やるよ」  長谷さんはそう言い、撮影の準備を始め、彩さんと水野レンもスタッフに髪を綺麗にしてもらっている。 「ねぇー、碧もう帰らない?」  ふたりの姿をぼっと見ていた俺の前に立った千秋さん。 「そうですね。千秋さんも疲れましたよね?」 「うん。いろいろと疲れたよー」  千秋さんは自分の額に手を乗せながら、冗談っぽく言った。  俺はその姿がいつもの千秋さんっぽくなくて、新鮮でクスッと笑ってしまった。

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