80 / 132
真中比呂の失恋
俺は雨で全身びっしょり濡れている碧を家に連れて行き、シャワーを浴びさせた。
その間に、碧の着ていた服を洗濯するためズボンのポケットに入っていたスマホを出した。
あんなに雨で濡れていたけど、スマホは壊れてないようだ。
スマホが壊れてないことを確認し、机に置こうとしたと同時に、着信を知らせる振動で碧のスマホが震える。
見るつもりはなかったが、スマホを持っていた俺は、着信相手の名前が目に入った。
――高宮千秋。
どこかで聞いたことのある名前だが、思い出せない。
俺はモヤモヤした頭で、インスタントラーメンを作った。
シャワーを浴びた碧と一緒にラーメンを食べて、今日は碧を泊まらせることにした。
濡れたままの髪に、俺と同じシャンプーの香りが微かに香る。
俺は冷静を装いながら、碧を俺のベットに寝かせ、自分もシャワーを浴びた。
着信があったことを教えた時の碧の曇った表情が頭から離れない。
おそらく、雨の中あそこにしゃがみこんでいたのも、着信相手の高宮千秋が関係しているのだろう。
「あっ」
思い出した。
シャンプーを洗い流している途中で、ふと蘇ってきた男の声。
『私、紀陵高校の教師の高宮千秋と申します。』
綺麗で透き通る声で物腰柔らかい。
以前、碧が勤めていた塾でたまたま見かけた、美形な男。
その日、碧と会う約束をしていた俺は驚かす目的で、碧の勤めている塾の前で待ち伏せしていた。
その時、入口近くで、ここの塾長に挨拶している男の声が聞こえた。
その男の名前が、高宮千秋だった。
紀陵…碧が今年の春から勤めている学校。
たかが、同僚の人間があんなにも何回も碧に電話を掛けてくるだろうか…。
いや。碧と高宮千秋は同僚よりももっと深い仲なんだ。
俺はシャワーを浴び終え、びちょびちょの髪のままソファーに寝っ転がった。
いつもは、ドライヤーで乾かしてから寝るんだけど、今日は乾かすのが面倒くさい。
早く寝て、モヤモヤとズキズキ痛む胸の奥を放棄したい。
ひとつだけわかったことが、俺は失恋した。
明日からは、碧を一番の親友、真中比呂として接するんだ。
俺の気持ちは一生伝えない。
気持ちも伝えず、逃げる俺に失恋はおかしいか。
俺は両目を右腕で隠し、視界を真っ暗にした。
ともだちにシェアしよう!