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第5話

 下駄を地面に転がした時のような、軽やかに響く男性の声。  裏刷りで桔梗を上品にあしらった紫の羽織とグレーの着物に袖を通した男は降旗に「失礼」と笑った。 「私は蓬莱(ほうらい)という者です。隣で商いをさせていただいておりまして、客足も乏しかったので、失礼ながら先程まで貴方がたを見ておりました」  蓬莱は着物の袂から名刺入れを取り出し、1枚の紙面を降旗へ渡す。「俺、名刺、持ってないけど、良いのかな」と思う間もなく、降旗は「あ、どうも」と受け取る。  滑らかな草書体で『長月堂店主/美術鑑定士 蓬莱千秋(ちあき)』とあり、「鑑定士」という文字が降旗の目に飛び込んできた。 「か、鑑定士って……あの!」 「ええ。『あの』とか、『どの』とかは分かりかねますが、世間で言われるところの鑑定士に相違ございませんよ」  知的で品の良い笑みを浮かべ、蓬莱はまた下駄の転がるような柔らかな声が響く。  甘利と比べると、甘利とはまた違ったベクトルで変わった人だ。少なくとも、こんな青空フリーマーケットに出店する人と考えると、随分と玄人はだしで、逆に場違いな気がする。  ただ、着ているものの色合いや学生の降旗へも語り口が穏やかなせいか、降旗には遥かにまともな人のように思えた。 「あ、すみません。俺、まだ学生で名刺とかなくて……降旗万貴って言います」 「ご丁寧にありがとうございます。もし、降旗様がよろしければ、袖振り合うも他生の縁と申しましょう。少し見せていただいても構わないでしょうか」  蓬莱は降旗の名乗りをご丁寧に、と言ったが、その何倍も蓬莱の方が丁寧だと降旗は思った。 「別に構いませんよ。俺から見ると、ガラクタとかよく分からないものばかりだと思うんですけど、それでも良ければ」 「ありがとうございます、拝見します」  それから、蓬莱は拝見という言葉の通りに、まじまじと1つ1つの商品を見ていく。  品定め、というよりは吟味といった方がしっくりくるかも知れない。本当ならこれはいかに苦労して入手して……とか。素材にいかに良いものが使われているか……とか。プレゼンというか、触れ込むことができれば良いのかも知れない。  だが、大学でプレゼンする時。降旗は準備こそしっかりとしていくものの、突発的な質問に弱く、いつも上手く答えられないでいた。

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