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第9話
「い、嫌です!」
「ふ、降旗……様?」
まさか降旗がこんな風に断ってくるなんて思わなかったのだろう。だが、蓬莱以上に降旗自身が自らの発した言葉に驚く。
「あ、いや……店長は、あんなですけど」
「あんな、とは?」
弁解するも、しどろもどろになって上手く言葉が出てこない降旗。
そんな彼に蓬莱は慌てなくても良い、と語り掛ける。店長を蓬莱に渡したくない理由。それは分からないけど、降旗にでも分かることもあった。
「ちょっと面倒なところはあるし、語尾が『だもん』とか、人を本名よりも長い渾名で詠んだりとか意味不明なところもあるけど、あの人が作ってくれたパフェでまずかったものなんて1つもなくて。だから」
「だから?」
「だから、すみません。店長は渡したくないです」
紛れもない、甘利が嫌いではないという意思。
目の前に提示された中で、好きな石は選べなかったというのに、降旗ははっきりと答える。
その瞬間、「ふふっ」と下駄が転がるような声と桔梗が咲くような笑顔が降旗を正気にさせる。
「あ、いや……そのですね。店長がいなくなったら、俺もパフェも食べられなくなりますし……」
「ふふっ。あぁ、失礼。そうですか、それは……残念です」
上品に裏刷りされた桔梗が揺れて、見えなくなる。今日は客入りが良くないということで、蓬莱は少し早いが、店仕舞いをして帰るらしい。
「今度は本店の方にも遊びに来てくださいませ。降旗様なら歓迎しますよ」
勿論、気が変わりましたら、いつでも長月堂まで。と続けられると、ふいに甘利の顔が思い出され、恋しいような気持ちに降旗はなる。
白いペンキを散らしたような黒のサルエル風のパンツに、臙脂のストールと木製のブレスレットを2つ、3つ程揺らして……朱色が多めの7色のタイダイ染めの目立つTシャツが歩いてくる。
特にふざけていない時の甘利の顔はシャープな顔の輪郭と短めのツーブロックが相まって、なかなか良い男に見える。
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