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第10話
「ごめん、ごめん。取り置きはしててもらってたんだけど、おにぎりの方がちょうど米が切れたみたいで」
なかなか帰れなかったことを甘利は詫びると、1口サイズのおにぎりが6つ入った折と烏龍茶のペットボトルが降旗へと渡される。
「それに、ちょっと知り合いに会ってさ」
ありがとうございます、とお礼を言おうとする降旗に、甘利は遅れた理由その2を告げる。『知り合い』と聞いて、何故か、先程まで話していた和装の店主が浮かんできて、降旗は驚きながらも「へぇ」と返す。
「知り合いってどんな人なんですか?」
「ああ、この辺に店を出してたけど、今日は客の入りがいまいちだから帰るところだったみたいなんだよ。少しまきまきと世間話していて、それが一番の収穫だったって言ってたけど?」
おにぎりの具は梅や昆布、シャケ、おかか、焼きタラコとポピュラーなものと食べてからのお楽しみという6種類で、昆布がやや苦手な甘利と梅が苦手な降旗がトレードして食べる。
「で、何、話したの? もしかして、俺のこととか?」
自分の興味のあることばかり話していて、他のことには鈍感そうに見える甘利はたまに核心をつくようなことを言ってくる。降旗は一瞬、ぎょっとして、咽喉に甘利から梅の代わりにもらった昆布のおにぎりが引っかかりそうになる。
「ごほっ、んっ、んっ」
「まきまき? 大丈夫?」
甘利はまだ空いていなかった烏龍茶のペットボトルの蓋を開けると、降旗に渡した。そんなちょっとしたことなのに、甘利にされると、特別なことのように感じる。ただ、
「まきまき、死ぬな~生きろ~」
少し、いやかなり面倒臭い。
だから、本当のことはまだ言わないと降旗は思った。
「店長はパフェを作らせたら天才だけど、他の部分は変人そのもので理解に苦しみますって言っておきました」
「ええっ、何よ、それ?」
本当に、自分とは違いすぎて……理解に苦しむ。とは降旗は思うけど、蓬莱の「でも、良いところはあるのでしょう?」と下駄を転がした時のような声が軽やかに思い返される。桔梗の花のような笑顔が脳裏に残り、降旗は初秋の柔らかく晴れた空に視線を向けた。
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