8 / 10

番外編 手を出したいのは俺の方

「かーわい~~~!!」  大きなガラスに張り付いて、真波が歓喜の声を上げた。  厚いガラスを隔てた向こう側を、丸々としたアザラシが何度も横切っていく。  三月になり、航汰も真波も春休みに入った。  そしてこの休みが明ければ、航汰は高校二年生。真波はいよいよ小学生になる。  今日は真波の小学校入学祝いにと、華が航汰と真波の二人を水族館に誘ってくれていた。  保育園を卒園し、もう華と会えなくなることを、「やだ」と散々泣きじゃくっていた真波は、華からの誘いに飛び上がって喜んだ。華と航汰のプライベートの付き合いなんて、勿論真波は知らない。実はこれからも会おうと思えばいつでも会えるということを、一体いつどうやって真波に打ち明けようかと、航汰は複雑な心境で居たのだけれど。  それに、真波の卒園が寂しいのは、航汰だって同じだ。  華の自宅にはしょっちゅう夕飯を届けに行っているし、華は航汰のバイト先のコンビニに、定期的に顔を出してくれる。それに何より、互いに想い合っている仲なのだから、プライベートでいくらでも会う機会はある。  真波が保育園に通っていた間は、万が一他の園児やその保護者に出会ったら…、と極力華の自宅以外で会うのは控えていたけれど、真波が卒園した今、それを気にする必要ももう無い。  だからこれまで以上に堂々とデートだって出来るのだが、真波を送迎する度に見ていた華の保育士としての姿が見られなくなるのは、やっぱり寂しい。  春休み中ということもあって、平日だというのに館内はそこそこ混み合っている。  人混みの中でも頭一つ分飛び出している長身の華はともかく、照明も暗めの館内では真波はすぐに人の波に飲み込まれてしまいそうだ。 「にーちゃん、アザラシのぬいぐるみ欲しい!」 「お土産は最後な。それより人多いから、はぐれるなよ」  心地良さそうにゆったりと水中を行き交うアザラシを追い掛けて、そのまま離れてしまいそうな真波の手を握る。すると、反対側の手がさり気なく握り込まれた。  驚いて顔を上げた先で、華が航汰を見下ろしながらほんの少し目を細める。  水槽の前には大勢の客が集まっているけれど、皆愛らしいアザラシに夢中で、こっそりと繋がれた華と航汰の手を気にしている人間は、一人も居ない。  混雑した館内で、突然華と航汰の空間だけが切り離されたような気がして、ドキリと胸が鳴る。寂しいと思っていた胸の内を見透かされてしまったようで、余計に胸が高鳴った。  華と付き合ってそれなりに日が経つのに、こういう不意打ちに、航汰は未だに慣れない。  次から次へと水槽の前を行き交う客の中には、相変わらず華の強面にギョッとした顔を浮かべる人も居る。華は出会った頃からその手の視線を気に掛けていなかったが、今では航汰も気にしなくなった。優しくて、でも少し臆病な華の本当の姿は、自分がわかっていればそれでいいと思うから。  人に紛れて、さり気なく手を繋ぐことしか出来ないのがもどかしい。もっと触れたい、という想いを込めて航汰が華の手をキュッと握り返したとき。 『この後、十一時よりイルカショーを行います。皆様、是非ショースタジアムにてご観覧下さい』  流れてきた館内放送を聞いた真波が、キラキラした目を航汰に向けてきた。 「イルカショーだって! 行こう!」  グイッと航汰の手を引いて、真波がスタジアムへ向かう人々の群れに混ざって歩き出す。 「あっ、コラ待てって!」  反動で華との手が離れてしまったのを惜しむ間もなく、真波はズンズン歩いていく。このままだと真波との手も離れてしまいそうだと慌てて追い掛ける航汰と真波の横に並んだ華が、「急ぐと危ないよ」と今度は真波の逆の手を握った。その顔は、航汰と二人きりのときには見せない『華先生』の顔だ。  決して子ども扱いされたいわけではないのに、保育士の顔を向けて貰える真波が羨ましくなってしまう。真波も真波で、航汰の言うことは聞かないのに、華に優しく注意されただけで「はーい」と素直に返事をして歩調を緩めている。  これはもしかして、最大のライバルは幼い妹かも知れないと苦笑しながら、航汰は華との間に真波を挟んだまま、イルカショーが行われるスタジアムへ向かった。  アナウンスを聞いてすぐに移動したお陰か、ショースタジアムでは中央よりやや後列の、プール全体が見渡せる良席を確保することが出来た。  真波は最前列の水飛沫がかかる座席に座りたがったが、びしょ濡れになるにはまだ少し肌寒い時期なので、華が上手く言い含めてくれた。  ショーが始まると、真波は次々にダイナミックなジャンプを繰り広げるイルカたちに釘付けになっていた。ショーを盛り上げる為のBGMが大音量で流れているのを利用して、航汰は隣に座る華へ少し身を寄せた。 「先生、今日貴重な休みだったのに、ありがとう」  春休み中の保育園は、新年度から新たに入ってくる園児を迎える準備などもあり、殆ど休みが取れないと華から聞いていた。そんな中奇跡的に貰えた有給を、華は航汰と真波の為に割いてくれたのだ。 「いや、土日ならもっと混むだろうし、むしろ平日に来られて良かった」  真波ちゃんも喜んでくれてるし、と華が前のめりでショーに見入っている真波を見遣って微笑む。俺だって嬉しいよ、という言葉はこの場では辛うじて呑み込んで、航汰は声のトーンを落とした。 「あのさ……。真波連れて帰ったら、お礼に夕飯、作りに行っていい?」  以前は航汰が自宅で家族の為に作った夕飯を華にお裾分けしていたのだが、最近は母の仕事に余裕があれば、航汰は華の自宅に出向いてそこで夕飯を振る舞うようになっていた。お陰で殺風景だった華の自宅のキッチンにも、今では調理器具や調味料などが一通り揃っていて幾分賑やかになっている。 「有り難いけど……家の方はいいのか?」 「今、母さんも仕事ひと段落してるから、ウチは大丈夫」 「心配、されないか?」 「心配って、母さんに?」 「……結局まだ、挨拶にもちゃんと行けてない」  華が、細い眉を申し訳なさそうに下げる。  華との付き合いを、航汰も結局母にはまだちゃんと打ち明けてはいない。けれど、明らかにバイト以外の目的で夜出掛けて行く航汰を、母も特に深く追求してくることはなかった。精々、「あんまり遅くならないように気を付けなよ」と声を掛けてくるくらいだ。 「それなんだけど……俺もまだ先生とのこと、親には話せてないんだけどさ。でも、何となく母さんは気付いてる気がする」 「そうなのか?」  鋭い切れ長の目を驚いた様子で軽く見開いた華に、航汰は小さく頷き返す。  さすがにこの場で母の手掛ける作品の詳細を話すのは躊躇われたが、職業柄、あの母が航汰と華の関係に勘づいていない方がおかしい。だからきっと、航汰や華の方から話すのを、母は待ってくれているような気がした。 「詳しい理由は二人のときに話すけど、妙な心配はされてないと思うから、多分平気」 「……それはそれで、次に顔を合わせるときに、何て言ったらいいかわからないな」 「華先生が責められることは先ずないと思うけど、仮にそうなったとしても、俺に迫られたって言っていいよ。実際強引に押したの、俺の方だし」  航汰の言葉を受けて数回目を瞬かせた華が、大きな手を航汰の手の甲にそっと重ねて、プールの方へ顔を向けた。 「俺がイルカだったら、今きっと、同じことしてた」 「え?」  どういうこと、と視線を向けた先で、一頭のイルカが女性トレーナーの頬へ愛らしくキスを贈っていた。  その姿をつい華と自分に置き換えてしまって、触れ合った手や顔がじんわりと熱くなる。 「……先生って、ホント不意打ちで可愛いよね。夕飯、食べたいもの考えてといて」  客たちの視線がイルカショーに集まっている間、航汰と華は、キスの代わりにひっそりと互いの手を握り合っていた。 「───なるほど。航汰のお母さんが察しが良いのは、そういうことか」  航汰が作った夕飯を食べ終えた華が、空になった茶碗の上へ静かに箸を置いて苦笑した。  華が買ってくれたアザラシのぬいぐるみを抱きかかえてご機嫌だった真波を自宅へ連れ帰り、母に「出掛けてくる」とだけ言い置いて、航汰は華の自宅へやって来ていた。  途中スーパーに立ち寄り、用意した今日の夕飯は唐揚げと、小さめに切った野菜具沢山のスープ。メインを唐揚げにしたのは、華が野菜より肉好きというのもあるし、どうせなら店で揚げただけのコンビニの唐揚げではなく、ちゃんと下味から手を加えたものをたまには食べて貰いたかったからだ。  そして出来上がった夕飯を二人でつつきながら、航汰はこの日初めて、母の描いている作品の具体的な内容を華に打ち明けた。 「……今まで黙ってて、ごめん」 「航汰は年頃の男子高校生だし、なかなか話せないだろ。むしろ、俺に話して良かったのか?」 「相手にもよるだろうけど、母さんは多分、華先生には知ってて貰った方がいいって言うような気がする。俺も初めて聞いたときは衝撃だったけど、今思えば、聞かされずにうっかり見ちゃったら、俺がもっとショック受けると思ってたんじゃないかなって。……でも、先生は衝撃だよね」  瀬戸内家では真波を除いて、母がBL漫画の執筆に日々追われているというのはすっかり日常の光景だが、華は違う。  さすがにちょっと引かれただろうか、と伺うようにチラリと視線を向けると、華は麦茶を一口呷って目尻の傷に皺を寄せた。 「本屋で何度か、コーナーを見かけたことがあるから、そういうジャンルもあることは知ってた。少し驚きはしたけど、前にお母さんが漫画家だって聞いたときも、航汰はちょっと複雑そうな顔してたから、むしろやっと今その理由がわかった」 「親の影響で、華先生のこと好きになったって思われたくなくて。だから余計に、母さんにも何て言ったらいいかわからないっていうのもあるんだけど……」 「航汰のご両親には、俺からもちゃんと挨拶したい。航汰や真波ちゃんが居なかったら、俺は多分保育士を続けていられなかったし、こうして航汰と過ごすことも、出来なかった。そのことだけでも、どれだけ感謝しても足りない」  だから悩んでるなら一緒に話そう、と笑った華の長い腕が、航汰の頬へ伸びてきた。スルリと優しい動きで撫でられて、泣きたいくらいに胸が詰まる。  航汰だって、こんなにも優しい人を生んでくれてありがとうと、華の母親に面と向かってお礼が言えたら良かったのに。  堪らず畳の上を這っていって、ギュウっと華の首にしがみ付く。 「航汰?」  突然抱きついてきた航汰の背を、少し戸惑いながらも抱きとめてくれる華に、航汰は何度も「好き」と繰り返した。 「……先生。今ならイルカと同じこと、出来るよ」  航汰の言葉の意味が一瞬わからなかったのか、目をしばたたかせた華が、少しして吐息で笑った。  華の肩口から顔を浮かせた航汰の頬へ、柔らかく唇が触れてくる。けれどそれだけで呆気なく離れてしまった華の顔を、航汰は不満げに見上げた。 「そこだけ?」 「イルカは、ここだけだった」 「じゃあやっぱり、イルカと同じじゃなくていい」  焦れた航汰の方から、今度は華の唇を奪う。仕方ないな、と言いたげに苦笑を漏らした華が応えてくれて、口付けの角度が徐々に深くなっていく。ところが軽く舌を触れ合わせたところで、やはり華の唇はスッと航汰から離れていった。 「あんまり遅くなると、家族が心配するぞ」 「遅くなるかもって言ってきた」  俺が後ろめたい、と華が困ったように笑う。  いつも、ここまでだ。  あと二ヶ月ほどで航汰と華の交際も丸一年になるが、これまでキス以上の触れ合いは全くない。  別に肉体関係目当てで付き合っているわけでは断じてないけれど、年頃の航汰としては、いつまでも進展しない華との関係は、正直歯痒いものがある。 「航汰、背、伸びたか?」  肩口で密かに口を尖らせる航汰の髪を撫でながら、ふと華が言った。 「伸びたよ。って言っても、四センチくらいだけど」 「成長期だから、まだ伸びるんじゃないか」 「……俺がデカくなっても、先生平気?」  ポツリと問い掛けた航汰に、髪を撫でる華の手が止まる。 「平気って、どういうことだ?」 「いや……さすがに先生みたいにデカくはならないだろうけど、あんまガタイ良くなったら、益々触りたくなくなるかなって───」 「ちょっと待て」  珍しく慌てた様子で、華が航汰の肩を掴んだ。 「もしかして、そんな理由で、躊躇ってると思ってるのか?」 「やっぱり、俺に触んの抵抗あるんだ」  意図的に拒まれていたのかと自嘲気味に呟くと、「そうじゃない」と華の両腕が航汰の背を抱き竦めた。思いがけないその力強さに、息が詰まる。 「……華先生?」 「航汰が、俺を求めてくれてるのは、わかってる。俺も、本音を言えば、もっと触れたい」 「だったら……!」 「ただ、航汰はまだ高校生だ。それに、俺が自分の欲求のまま手を出したら、多分痛い思いも怖い思いもさせる。でも俺は、航汰を傷つけることは、絶対にしたくない。───大事に、したいんだ」  苦しいくらいに抱き締めてくる腕と、絞り出すような華の声が、胸の奧に直接響いてくる。  ───こんなにも大事にされてるんだから、傷ついたりなんか、しないのに。  相変わらず華は、見た目に反して臆病だ。  この一年で、華は随分表情が柔らかくなった。  周りからその変化がどう見えているのかはわからないけれど、少なくとも航汰には、彼が纏う空気が出会った頃より穏やかになったように感じる。真波が卒園する頃には、「華先生って結構優しいよね」と口にする保護者の姿を何度も見掛けるようになった。  そんな声を聞くたび、華の努力が報われて良かったと嬉しくなる半面、自分はもう保育士としての華を見られなくなる悔しさと寂しさで、苦しくて堪らなかった。 「華先生。俺、もう真波の送り迎え、行けないんだよ。仮に俺が保育士になれたとしても、それってまだ何年も先じゃん。それまで、俺以外の人たちが保育士として頑張ってる華先生の姿を見てるんだと思ったら、我が儘だってわかってるけど、妬けて妬けて仕方ない。いつか、華先生のホントの顔に気付いた人に、先生のこと、盗られるような気がして」 「こんな俺を好いてくれるのは、航汰くらいだ」 「先生は、自分の魅力わかって無さすぎだよ。真波だって先生のこと大好きだし。……もしも俺が先生と付き合ってなくても、さっきみたいに『大事にしたい』なんて言われたら、絶対惚れる」 「そんなこと、お前以外に言わない」  躊躇いもなく言い切られて、またしても航汰は何も言えずにギュウギュウと華の背を抱き締める。  無自覚に優しくて真っ直ぐだから、この人は厄介だ。  くっついたまま離れない航汰に、まだ引き下がる気がないと思ったのか、華が困惑の息を吐く。 「それに航汰、今でも手繋いだだけで、緊張するだろ」  水族館で不意に握られた手の感触を思い出して、咄嗟にガバッと顔を上げる。 「あ、あれは、華先生が不意打ちするから……! あんなに人が居るとこで、いきなり手繋がれると思ってなかったし……」 「俺が言う『触れたい』っていうのは、あんなのよりもっと凄いこと、しようとしてるんだぞ」  凄いこと、と言われて、かつて母に見せられた作品の数々を思い浮かべる。華と付き合うことになってから、何度も思い出しては、あんな行為を自分もするのだろうかと想像して、航汰はその度青くなったり赤くなったりしていた。  まさか自分が同性に恋をするとは思っていなかったし、華が心配してくれるように、行為に対して全く恐怖や不安がないわけじゃない。  ただそれでも、華と過ごす時間が増えるにつれて、華から与えられるものは全て受け入れたいと思えるようになった。  華が航汰の存在を求めてくれるなら、航汰だってそれに応えたい。自分に与えられるものがあるなら、全て差し出したい。例えそこに痛みや恐怖が伴うとしても、華が航汰の隣で笑っていてくれるなら、何だって乗り越えられる気がした。 「……だったら尚更、それがどんなことなのか、華先生が俺に教えて」  反論される前に、航汰は目の前の口をキスで塞いだ。 「……本当に、お前は手強い」  唇を軽く触れ合わせたまま降参の呟きを漏らした華の手が、航汰の身体を優しく畳の上に押し倒した。  組み敷かれ、重なったままの唇の隙間から、華の舌が滑り込んでくる。かつてないほど深くまで口腔を犯されて、思わず喉が反った。 「ん……っ」  初めて交わす深い口づけに、頭の芯がジンと痺れる。咥内で互いの舌が絡む音が、鼓膜のすぐ傍で聞こえてくる。  普段の穏やかな華からは想像も出来ない激しいキスに翻弄されていると、Tシャツの裾から華の大きな手が滑り込んできて、ビクッと背が跳ねた。  胸の先端を甘く爪で引っ掻かれると、その度に背筋から脳天に、ビリビリと電流が走るようだった。同時に、下肢へ重ったるい熱が篭っていくのがわかる。  男の自分でも、胸を弄られただけで反応するのかと驚いたけれど、それはきっと、華に触れられているからだ。  デニムの中で明らかに芯を持ち始めている自身を、不意に服の上から撫でられて、航汰は短い悲鳴を上げた。 「やっ……! は、華先生……っ!」 「……止めるか?」 「ちが……止めたいわけじゃ、ないんだけど……」 「今日は、航汰が気持ちいいことしか、しない。でも嫌だと思ったら、ちゃんと言ってくれ」  宥めるように航汰の額へ口づけて、華の手が航汰の下肢を寛げにかかる。  ───狡い。  俺が気持ちいいことってなに? 華先生は?  華相手なら、痛くても怖くても苦しくても、「嫌だ」なんて思うわけないのに───。  恥じらう間もなく下肢を裸に剥かれて、熱を湛えた航汰自身が露わになる。堪らず顔を背けた航汰の上で、華も自身のベルトを緩める音がした。  え…、と思って視線を向けた先、下着の中から取り出された華の屹立が目に飛び込んできて、ゴクリと喉が鳴った。改めて実感した行為の生々しさと、華も航汰に欲情してくれていることへの悦びに。  勃ち上がった性器に華のそれを軽く擦りつけられ、生まれて初めて味わう感覚に全身が慄く。 「あ……っ」 「怖くなったか?」 「っ、こ……わく、ない……ッ」 「脚、震えてる」 「きっ、緊張してるだけ……!」  強情だな、と苦笑した華の手に、震える両脚を不意に一纏めに抱えられた。 「え…───」  何をされるのかと身を強張らせた航汰の脚の付け根に、華の先端がピタリと押し当てられる。 「そのまま、脚閉じててくれ」  言われるがまま、不安に瞳を揺らしていると、華の雄が閉じた航汰の腿の隙間を抉じ開けるように、ヌル…と挿し込まれた。 「ぅあ……っ! や、なに……っ!?」  脚の付け根だけでなく、性器の根本や裏側までも華の先端に擦られて、未知の快感にゾクリと肌が粟立った。咄嗟に開きかけた脚を、華の腕にたやすく纏めて抱え込まれる。そのまま何度も抽挿を繰り返されて、最早零れる声を抑えることも出来なかった。 「あっ、ぁ……」  時折、抜かれた拍子にわざとなのか、後孔の縁をも擦られて、ビクビクと腰が跳ねる。次第にぬかるんだ音が響き始めたけれど、それがどちらの体液によるものなのかもわからない。  目でも耳でも、そして擦られる箇所からも華の熱をハッキリ感じて、痛いくらいに下肢が張り詰めている。実際に挿入されているわけでもないのに、腿の隙間へ抜き挿しされるたびに、華に貫かれているような錯覚に陥る。  人に与えられる刺激がこんなにも気持ちいいなんて、思わなかった。その相手が華なのだから、尚更だ。  これなら痛くて苦しい方がよほどマシだった。反り返った自身の先端からパタパタと腹に雫が滴るくらい、華の動きに合わせて自然と腰を揺らしてしまう自分が浅ましくて恥ずかしくて、消えてしまいたい。  じわりと目尻に快楽の涙を浮かべる航汰を見下ろす華が、グッと眉を顰めた。 「……航汰……っ」  聞いたことがない、大人の色香を含んだ熱っぽい声で名前を呼ばれた直後。 「んん…───っ!」  思考が真っ白に弾け、航汰の先端から勢いよく吐き出された精が腹に散った。絶頂の余韻に痙攣する両腿の狭間を、一層激しく擦られて、航汰は無我夢中で畳を掻き毟る。  どのくらい揺さぶられただろう。短く息を詰めてグッと一際強く腰を打ち付けた華が、航汰の脚の間で爆ぜた。彼の精が航汰の性器にパタパタと降り掛かってきて、せめて達したのが自分だけじゃなくて良かったと、溶けかけた思考でぼんやりと思った。 「……華、せん、せー……?」  半ば放心状態で、浅い呼吸を繰り返す航汰の脚を解放した華が、眉を下げて笑いながら、労わるように前髪を払ってくれる。 「この状態で、その呼び方されると、酷い事してる気分になるな」  大丈夫か、と問い掛けてくる華の首に、航汰は脱力した腕を絡めた。 「……気持ち良すぎて、死ぬかと思った……」 「無理させたか?」  後頭部へ優しく添えられる大きな手に、航汰はゆるゆると首を振る。 「……華先生は、ちゃんと気持ち良かった?」 「じゃなかったら、こうならない」  お互いの精で汚れた航汰の腹を意地悪く指先で辿られて、改めて羞恥に顔が熱くなった。  華に出会うまで、そもそも恋愛経験すらなかったのだから、知らなくても当然なのだが、好きな相手と触れ合うとあんなにもグズグズになってしまうものなのか。まさか自分の口から、自然と甘い声が零れるなんて、思ってもみなかった。  身体の火照りがなかなか取れない航汰の背を、華が何度も撫でてくれている。結局我を忘れて快感に流されてしまったのは航汰だけのような気がして、ちょっと悔しい。 「……次は、痛いくらいの方がいい」  華の肩口に額を押し当てて呟くと、手を止めた華がコツ、と航汰の頭に額をぶつけてきた。 「頼むから、あんまり煽らないでくれ……」  華の理性を揺るがしている自覚のない航汰は、暫くの間、華に与えられた快楽の余韻に浸り続けたのだった。

ともだちにシェアしよう!