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02 思い出のパンプキンパイ

「人間の血肉なんかよりスイーツの方がよっぽど中毒性があるよな」  コーヒーを入れながらアンディが愉しげに問う。 「同感だ。俺にしてみればフレンチはデザートこそがメインディッシュさ」  ジャンは自前のナイフで出来立てのパイを切り分けていく。 「フフ、気が合うな。お前みたいに話しやすい人狼は初めてだ」 「ハハハッお前みたいに話の分かるヴァンパイアもそういないぜ?」  警戒し合っていた二人だが“ドロシーおばさん"という共通の話題で瞬く間に距離が縮まった。  吸血鬼や人狼という種族は普通であれば人肉を欲するが、二人は幼い頃から食人に関心が無く口にしたことさえ無い。  仲間内では異端児として厭われ、家庭でも冷遇されていた。  そんな幼少期の二人に優しくしてくれたのが彼らの正体を知らない、丘の上のドロシーおばさんだった。  ウェーブのかかったオリーブ色の髪は白髪混じりで、手も顔もシワだらけなのに誰よりもたおやかだった。 「なんで俺達、彼女の家で鉢合わせしなかったんだろう?」  吸血鬼と人狼の関係は昔から一筋縄ではいかない。  鉢合わせていたら二人ともドロシーの家に寄り付かなくなっていただろう。  ジャンの疑問にアンディは思い当たる節があった。 「ジャン、おばさんの家には偶数の日に行っていたんじゃないか?俺は“奇数の日に遊びに来なさい”って言われていた」  なるほど、と納得した様子のジャンがニヤリと表情を変えて言う。 「ドロシーおばさん、たまにとんでもない料理を作ってたよな?」 「ああ、ドブ色のスープを嬉々として混ぜる姿を、今でも覚えているよ」 「あの姿は魔女さながらでさ……たまに夢に見る」 「でもスイーツはどれも絶品だった!」 「特にパンプキンパイは最高!」  アンディは、きっかけはどうあれ今夜ジャンと出会えたことに喜びを感じていた。  一人でパイをつついていたら、感傷的になって泣いていたかもしれない。  準備が整い、二人はパイを口に運ぶ。 「……旨い、けど」 「何か、物足りない……?」  パイをしげしげと見つめ、二人同時にあっと声を上げた。 「花だ、あの白い花!」  かつてドロシーは庭に咲く白い花を小さく千切り、デザートに添えていた。  その芳醇な香りが欠けているのだ。 「なあ、今からドロシーおばさんの家に行ってみないか?」  ジャンの提案に、アンディは二つ返事で了承した。  ドロシー以外、人間にも同族にも心を開けないまま大人になってしまった自分が、親友ができたかのように満たされ、浮かれていたからだ。

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