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03 スイーツよりも甘いもの

 故郷のイリノイ州ロックフォードまでは、今の住まいや職場があるシカゴから約130キロ。  ハロウィンナイトにわざわざ遠出する者は少なく、ガラガラの道をジャンのバイクが駆け抜ける。  ジャンの愛車、シャドウ750はホイールまで綺麗に磨かれており、大切にしているのが窺い知れた。  アンディが後ろに跨る際、ジャンはまさか女以外を乗せる日がくるとは、と肩を竦めたが、表情はどこか嬉しそうだった。  エンジンと風の音に負けない大声で、古い映画の主題歌を歌う。  歌っては笑い、冗談を言っては笑い、よく分からなくても笑った。  そして笑い疲れ、ふと密着した身体の熱さに気付く。  腰に回される吸血鬼のしなやかな腕、野性的な人狼の広い背中に気恥ずかしさを感じてきた頃、思い出の家に辿り着いた。  目的の白い花は瑞々しく咲き誇っていた。  喜び勇んでそれを摘み取り、ピッキングをして家に入る。  照明を付けなくとも、満月が室内を照らし視界は悪くない。  宿主がいなくなった家はしんと静まり返っているが、ドロシーが暮らしていた匂いが今も満ちていた。  彼女のお気に入りだったアンティークのロッキングチェア、窓からはカボチャ畑が見えて、亡くなった主人と撮った写真が至るところに飾られている。  アンディは食器棚からドーナツの絵が描かれたマグカップを取り出した。 「そのカップ、アンディのだったんだな。そっちを使おうとしたらドロシーおばさんに“アナタのはこっちよ”って取り上げられたんだ」 「じゃあ、隣のプディング柄のはジャンのカップか。俺たち、本当に近くに居たんだな……」  痕跡を残さないようカップを元の位置に戻し、ボディバックから紙袋を取り出す。  中から崩れかけたパンプキンパイを取り出し、細かくした白い花弁を添え、持ってきたフォークで口に運ぶ。 「……ああっこれだ……」 「この香り、おばさんのパイと同じ……」  頭が痺れるほどの多幸感に包まれ、うっとりとした表情で舌の上の甘さを味わう。  ふわりと意識が混濁し、突如アンディの脳内にドロシーの声が響いた。 『食べなさい、生きたまま食べるのよ』 ……何を? 『パイよりも甘くて美味しいモノ』 ……それは何? 『……の肉を食べなさい』 ……何だって? 『人狼の肉を、食べなさい』  はっ、と息を飲んで我に返る。  心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が吹き出る。  ドロシーの声は“人狼の肉を食え”と言った。  しかしそれはありえないし、あってはならない。  吸血鬼が人狼の肉を食べること、また人狼が吸血鬼の肉を食べること、それは禁忌だ。  食べることは身体の穢れとなり、食べさせることは魂の穢れとなる。  口にすれば身体が腐るとも、永遠に苦しみ続けるとも言われている。  双方にとってそれは常識で、たとえどうぞと肉を差し出されたとしても、その肉の価値は汚物と同じだ。  ドロシーの声は、それを食えと言う。  想像しただけでおぞましい。 「どうしたアンディ、旨すぎてキマっちまったか?」 「え?あはは、トリップしてたみたい、だ……おいジャン、大丈夫か?」 「何が?」 「何がって……」  ジャンの頭に、普段は人間に扮し隠している狼の耳が出ている。  驚いた拍子にうっかり耳が出てしまうことはあるが、今は尻尾まで出ている上に呼吸も荒く目も据わっている。 「具合でも悪いのか?」 「いや、そんなわけじゃ……アンディ、お前だって様子がおかしいぞ?」  アンディも、自身の身体の異変に気が付いていた。  身体の芯が疼き、妙に艶っぽい吐息が出てしまう。  血色の悪い肌が火照り色付いていた。  喉を鳴らしたジャンが目をギラつかせて距離を詰めてくる。 「アンディ、俺、どうしちまったんだろう……何故だかお前が旨そうに見える」  アンディの骨ばった肩をジャンが掴む。  爪が肉に食い込むほど、強く。 「おい、離せよ……!」 「メアリーおばさんの声が聞こえるんだ、吸血鬼の肉を食えって」 「ぐっ!」  足を引っかけられ、ラグに背中から落ちて息が詰まる。  アンディは一回りも体格が良いジャンにマウントを取られ身動きができない。 「ジャン!ふざけるなよっ!」 「……本気だって言ったら?」  ジャンの食欲と性欲が混ざった視線にゾクゾクする。 「……っ……!」  ジャンは片手でアンディの両手を頭の上で押さえ付け、空いた方の手で服を乱暴に剥いでいく。  身をよじって抵抗するが、あっという間にボタンの外れたワイシャツ一枚にされた。  恥ずかしくて堪らないのに、舌舐めずりをするジャンは逃がしてくれない。 「お前の赤い眼、キャンディーみたいだな」  そう言ってアンディの顎を掴み、潤む眼球をベロリと舐めた。 「……ひっ!?」  続いて耳、首筋、鎖骨とジャンの舌が這い、身体がビクビクと反応する。  腰に押し付けられているジャンの凶器じみた象徴と同様に、アンディのそれも硬度を増していた。  ヴゥゥ……という獣のような唸り声と共に、ジャンの伸びた牙がアンディの肩にブツリと突き刺さる。 「っ!?は……っ……ぅっ……!」  禁忌が!穢れが!と脳内によぎったが、ズズッと肉を犯す痛みと痺れるような快楽に、思考は霧散していった。 「…………ふ……甘い……」  牙を抜き、口に付いた血をペロリと舐めるジャンが、恍惚とした表情で見下ろしてくる。  ジャンの力が緩んだ隙に手の拘束を振りほどく。  抵抗して逃げなくては、異種族で男同士で……こんなこと間違っている。  頭では分かっているのに、ヌラリとしたジャンの舌が旨そうに見えて、思わぬ言葉が口から飛び出した。 「………キスも出来ないなんて、さてはチェリーか?」 「ハッ……んな訳ねーだろ……」  挑発に乗って顔を寄せてきたジャンの襟元を掴みグッと引き寄せて唇に噛み付いた。  ジャンの血が喉を通ると、身体の芯が熱くなり、五感が研ぎ澄まされていくのを感じた。 「っ!?」  驚いたジャンがバッと顔を離す。  口の端からシロップのように血が滴り落ちた。 「ハハッ……お返しだ……」  組み敷かれて妖艶な笑みを浮かべるアンディに劣情を刺激される。 「そんなことして……最後まで食われても文句言うなよ?」  暗闇で光ったのはまさしく狼の眼だった。  ジャンの手で、舌で、散々愛撫され、アンディの理性はアイスクリームのように溶けていった。  抵抗する気力も無くし、ジャンの逞しい身体に縋り付く。   「ひっ……ァ……っ!」  アンディの陰茎がジャンの口に含まれ、ロリポップを舐めるように舌で転がされると呆気無く果てた。  腹を空かせた狼に、血も精液も汗も残さず舐め取られていく。 「ァア゛っ!……ぅ…くっ……!」  怒張した杭がアンディの中にずぶずぶと埋め込まれ、激しい律動にアンディの細い腰が揺さぶられる。  粘膜をぐちゃぐちゃに擦られ、暴かれ、今までにない快楽に視界がチカチカする。 「ぁ……ふ……ぃい…っ…」 「………くっ…!」  アンディとジャンは抱きしめ合い、血の味がするキスをしながら同時に果てた。  ジャンが吐き出した精液が腹の中に広がっていく熱さが、妙に心地よかった。

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