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04 禁忌の先には

 アンディが乱れた息を整え見上げると、清々しい表情をしたジャンが尾を振っていた。 「お前とは気が合うと思っていたけど、まさか身体の相性まで良いとはな。禁忌がなんだか知らないけど、血を舐めるくらいじゃ何とも無い」  むしろ調子が良いくらいだ、とにこやかに言うジャンに無性に腹が立ち、脇腹を殴りつけた。 「ぐふっ!?」 「このバカ犬!発情期か!?俺の貴重なバージンを奪いやがって!このド下手くそ!」  身なりを整えながらアンディが喚く。 「いってぇ……なんだよ!お前だって途中からノってきてたじゃないか!」  ジャンは脇腹を擦り、ジーンズのベルトを締めながら反論するが、耳も尾も叱られた犬のように垂れ下がっている。  確かに自身も情事を誘うような行動をした手前、これ以上責めるのはあんまりだ。  もう帰ろう、とアンディが言うのをジャンの手が遮った。 「シッ……誰か来る……」  素早く荷物をまとめパントリーに隠れると、リビングに黒ずくめの男が二人入ってきた。  武装したその姿はスワットを彷彿とさせる。   「調和協会だ……」  肩のエンブレムを見たジャンが小さな声で呟いた。  現代の吸血鬼や人狼は、その存在を隠し人間社会に紛れて生活している。  特殊能力は無く、コウモリの羽も狼の耳もただのアクセサリーに成り下がった。  殺人を犯せば容赦なく人間の法律に裁かれるというのに、食人衝動は抑えられない。  そんな社会的弱者に救いの手を差し伸べてくれるのが“人種調和協会”だ。  協会はその平和的な名称とは裏腹に“命の運用”を行う秘密結社である。  人肉の為なら何でもするドラッグ中毒者のような吸血鬼や人狼を、増えすぎないよう調整し、人肉を与える代わりに国のために使役させる。  アンディが勤める“ヴァン・カンパニー”も、ジャンが勤める“マドックセキュリティー”も人種調和協会の配下にあり、普段は単なる警備会社だが、ひとたび司令が下ればろくに理由を知らされないまま誰かの命を奪うこともある。   協会の人間が自ら武装し現れるというのはただ事ではない。  ドロシーの不審死と関係があるはずだが、見つかれば撃ち殺される恐れもある。  アンディとジャンは肩を寄せ、息を潜めた。  男の一人がパントリーに近づく。  コルトガバメントの銃口がこちらを向く。 ――もうだめだ  男はパントリーの戸を蹴破った。  そこには缶詰が並んでいるだけで、人の姿は無い。  異常が無いことを確認すると男は外に出ていった。  ドロシーの家から人の気配が消えしばらく経った頃、缶詰の隙間から小さな犬と貧相なコウモリが這い出した。 『おまえ、ジャンか!?』 『は?アンディ!?』  二匹は見つめあった後、玄関の大きな鏡に駆け寄る。  しげしげと己の姿を確認した後、しゅるりと人間の姿に早変わりした。 「な、なんで?」  なぜ、出来るはずの無い変身ができたのか。  なぜ、ドロシーの家に協会の人間が来たのか。  混乱した頭で二人が鏡に触れると、表面が揺らぎ、過去の風景を映し始めた。

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