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06 死に際に見る夢

 鏡に映る過去を見たその後、二人は失意のままにシカゴへ戻り、お互いかける言葉も無く別れた。  仲間に真実を証明するためにジャンの肉を食うのも、秘密が明るみになり亜人や人間が大勢死ぬのも嫌だった。  協会が口封じに来るのは分かっていたが、どこへ逃げたらいいかも分からなかった。  ジャンの体液を舐めて得た力は翌日には消え、一人でいるより安全かと思い職場に向かった。  夜勤帯のオフィスに入ると全員がアンディに銃口を向けた。 「協会がお前を引き渡せと言っている」 「一体何をしたんだ。死体でも構わないらしいぞ」 「協会を敵に回して食えなくなるのはごめんだ」  同胞達は一切の躊躇なく引き金を引いた。  銃弾の雨を掻い潜り、外に飛び出し通りを走る。  逃げる最中、突如横道から伸びた腕がアンディの体を路地裏に引き込んだ。  一瞬身構えるが、その腕の持ち主が見知った顔で安堵する。 「っ……ジャン」 「アンディ、良かった」  二人でダストボックスの陰に身を潜める。  アンディは肩と太股に銃弾を受け、ジャンは腹を深く刺されていた。  吸血鬼と人狼たちが二人を血眼になって探している。  故郷にも会社にも病院にも警察にも、協会の手が及んでおり逃げ場は無い。  冷たい地面に二人の血液が染込んでいく。  今夜、死ぬのだと分かった。  だけれど怖ろしくて口にはしなかった。  言葉もなく自然と手をつなぎ、力を込める。  だんだんと冷えていくのは己の手か、相手の手か。  同属に厭われ、最愛の人に裏切られ、尽くしてきた人間に殺される。  ろくでもない人生だった、とアンディが言おうとした言葉を、ジャンが代わりに呟いた。 「ごめんなアンディ。あの日、俺と出会わなければ、こんな……」  泣きそうなジャンの頭を、だるい腕を持ち上げてわしわしと撫でてやる。 「バカ言え。確かに貧乏クジばかりの人生だったけどな、お前と会えたことは幸運だった。友達って、いいもんだと思ったよ」  独り寂しく逝かずに済む、という言葉を飲み込み、  お前とのファックは悪くなかった、と伝えると、ジャンはド下手くそって言ったくせに、とクスリと笑った。  お互いの血を舐めれば、多少なりとも力を手にすることができる。  頭では分かっていたが、二人とも疲れていた。  逃げるのも、戦うのも、生きるのも疲れていた。 「でもさすがに、こんな臭いゴミ箱の隣で死にたくないな」  体を支え合いながら、最期の悪あがきのように手近な古いビルの外階段を上っていく。  外傷も痛むが貧血で頭が割れそうだった。  息が上がり目眩がし、何度も膝が折れそうになる。 「なあ、俺さ、別に、真の力とか、興味ないん、だよね」  はあはあと苦しげに息を吐きながらジャンが言う。 「奇遇だな、俺も、だ」  アンディも苦悶の表情を浮かべて頷く。  そう、力なんて欲しくない。  ただ誰かと笑って過ごしたかった。  正直、警備の仕事なんて楽しくない。  誰かを殺すなんて最悪だ。  できれば……そうだな……。    田舎でパティスリーなんてどうだろう。  広い庭を借りてカボチャを育てる。  それを使ったパンプキンパイが目玉商品だ。  大好きなスイーツを作って売って、夜は売れ残りをつまみにシャンパンを飲む。  その隣には、ジャンが居てくれたら、嬉しいかな。 「それ、最高だな。最高の、夢だ」  ジャンはアンディの戯言を眩しそうな顔をして聞いていた。  叶わないことが分かっているからこそ、夢、と強調して言うのだ。  階段を上りきり屋上に着くと景色が開けた。  10階にも満たないビルの屋上なので絶景とは言えないが、シカゴの夜景はそれなりに美しい。  ふっと力が抜けて二人同時に座り込む。  もう限界だった。  下から追っ手が登って来る音がする。  カンカンと鉄の階段を踏む音が、命のカウントダウンのように感じた。  ジャンが震える腕でアンディを抱きしめる。  その腕がまだ温かいことに安心し、そっと目を閉じた。 『アンディ、おうちに狼が遊びに来たらよろしくね。悪い子じゃないから』  薄れていく意識の中、引越しの前日、ドロシーに言われた意味不明な言葉を思い出した。  とても世界を滅ぼそうとする魔女の言葉には聞こえなかった。  ドロシーは目的の為に二人を利用した。  でも、本当にそれだけだっただろうか?  心に残る彼女との思い出は、どれも優しい物ばかりだ。  あのドブ色のスープには毒消しのハーブが山ほど入っていたし、毒花入りのスイーツは食べ過ぎを注意された。  それは、彼女の優しさだったんじゃないのか?  アンディとジャンが彼女に癒されたように、ドロシーも二人に癒されていた。  笑いあった日々は嘘ではない。 「……ジャン、俺を食え」  アンディの擦れた声には強い意志がこもっていた。  目から絶望の色が消え、生きる力に燃えている。 「は、何言って」 「お前の肉も食わせろ。二人で逃げて、パティスリーを開くんだ。夢で終わらせてたまるか……っ!」  手はダメだ、スイーツ作りに支障が出る。  足もダメだ、カボチャ栽培は重労働だから。  じゃあ、アンディのキャンディのような目が欲しい。  俺はジャンの、パイみたいな三角の耳がいいな。  そうして二人はお互いの小さな肉を食んだ。  追手が屋上にたどり着くと、黒い翼を持つ妖艶な男と、身の丈より遥かに大きい狼が居た。  数多の銃弾が彼らを襲うが、男が赤い目を光らせると弾丸は空中で停止した。  狼の咆哮が追手たちの脳を揺さぶり気絶させると、一人と一匹は夜の街へと消えていった。

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