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第5話

夕方近くに玄関のベルが鳴り、待っていた相手の到着を知らせた。 献血ルームでのバイト帰りの譲がインターホン越しに手を振ると、電子音と共に鍵が開く。 「おー、上がって上がって」 「これ、土産。冷蔵庫開けるぞ」 譲は上がり込んですぐのキッチンで冷蔵庫を開けて手土産のケーキを入れ、赤ワインを調理スペースの端に立ててから部屋に上がった。 牧田の部屋はきちんと整頓され、一人住まいなのにベッドメークまでしてある。 つい、その意味を深読みして譲の頬が緩んだ。 しかしあとで汚れることになるとしても、折角きれいにしてあるまっさらなシーツを乱すにはまだ早すぎる。 そう思い、ラグの上に置かれたクッションに座って部屋を見まわした。 床の上に教科書や参考書が積んであるので、これを収める棚が欲しいのだろう。 棚を作る、と言ってもホームセンターに売っていたキットを組み立てるだけなので男二人なら1時間かかる仕事でもない。 支柱に切ってある溝に板を差し込み、一人が固定している間にもう一人が電動ドリルでねじを締めてゆくと、あっという間に組み上がっていった。 壁際に配置して、床にあった本を全て片付けてもまだ晩御飯を食べるには早い時間だった。 「なぁ、チーズをのせるクラッカーを買い忘れたから駅前の店に買いに行かないか?力の入った飾りつけしてる店もあったから冷やかしがてら見るのも意外と面白いと思うんだけど」 仮装にも、パーティーにも興味はないけれどどうせ時間が余ってるなら、と譲は提案したが、牧田は真剣な表情できっぱりと拒否した。 「いや、ダメだ! 外に出なくていいように俺が飯作るんだから。 大体、今日はハロウィーンだろ!?お化けが外をうろうろする日に何で外に行こうなんて……」 「小学生だってそんな事は信じないだろ。大体お前、見えないんじゃないのか?」 その言葉に牧田が視線を泳がせる。 「み、み、み、見えるわけないだろっ!そんな、お化けや、き、き、吸血鬼なんて!見えたら絶対死ぬる、気絶する!」 少なくとも吸血鬼は見えている筈なんだけど、と思いながらも余りの動揺っぷりに譲は思わず笑ってしまった。 笑われた牧田は、赤くなった顔を見られまいと後ろを向いた。 カーキ色の薄手のニット越しにも分かる僧帽筋の盛り上がりに、譲は舌なめずりした。 やっぱり牧田はかわいい。 このおいしそうな身体で子供よりお化けを怖がる可愛げは、この男にしか出せない。 結局「暗くなってきたし、今夜は絶対に外に出ない」と涙目になって言い張る牧田に合わせて部屋でテレビを見て時間を潰してから晩御飯を作ることになった。 パスタとサラダに、スーパーで買ってきたチキンの照り焼きでいいか?と言いながら狭い調理スペースで牧田が背中を丸めて材料を切っている時、それは起きた。 「痛っ!」 台所から聞こえた声に譲がさっと立ち上がって見に行くと牧田が右手の親指の付け根を押されている。指先が切れて血が流れていた。 眉をしかめて半泣きの表情で指を押える牧田の顔は、けがをしたので慰めて欲しいのと、どんくさいと言われたらどうしようかと怯えているようだった。 「大丈夫か?」 「ああ、うん…」 台所に漂う微かな血の匂いに呼応して譲の腹の奥がずんと蠢いた。 ずくん、ずくん…… 心臓が増えたような感覚に軽く身震いをする。 思わず襲い掛かりそうになるのを我慢し、距離を詰めて強引に手を取った。 「切ったところ、見せてみろ」 「あっ、大丈夫、大丈夫だから」 一年生とはいえ仮にも獣医学部で学ぶ牧田としてはこれくらいのケガは自分ですぐ処置を出来ると手を引くが、譲は頑として離してくれなかった。 切り口から出た血が手首に向かって流れた一筋の赤い線ができる。譲の目に妖しげな光が灯った。 「離せよっ、付くからっ」 焦る牧田に譲は妖艶に微笑んで唇を開き、血のついた指先をゆっくりと含むと、ちゅぅと啜った。 「あっ……」 吸血鬼の唾液には催淫効果がある。傷口を舐めればそれは直接体内に入ってすぐに効果を表してくれる。 ノンケに見える牧田をどうやってその気にさせようか考えていた譲には、これこそ願ってもないチャンスだった。 舌を柔らかく傷口を押しつけると、その感触に反応したのか牧田の目がとろんと蕩けて逃げようとする力が抜けた。 その親指が熱を孕むように、今度は舌を出して他の指も丁寧に舐め上げてゆく。

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