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第6話

「けーくん、最近あまり店に来ないね」 背中に手を這わせ、骨に沿うように指を滑らせていたリョウは、依然、蜂蜜の香りが漂ってくるのではと思うような笑みを浮かべながら、そう言った。彼がコックとして勤めている《太陽亭》は、圭一郎が昔から足繁く通っている洋食屋だ。その店のオムライスが大好物で、行く度に必ず食していた。 けれども先週くらいから、年度末に向けて何かと慌ただしくしているせいで、《太陽亭》へ行く余裕がまったくなかった。 「最近はずっと、デスクで仕事をしながら、パンかおにぎりをかじってる」 「それで足りる?」 「夕方頃には腹が減ってくるな」 「お弁当、作ろうか?」 お弁当。その単語に胸がぽわんと暖かくなるも、圭一郎は肩を少し浮かせ、首を横に振った。 「同期に何か言われそうだ……」 「あぁ、詮索されちゃうんだね」 リョウは苦笑した。「悪いな」と謝れば、「ううん」と返ってくる。自分たちの関係は、無闇に他人に明かせない。何も悪いことはしていないのに、ヘテロが大多数を占める世間では、嫌でも好奇の目を向けられ、嫌悪されることだってある。仕方がない。だから、隠して生きるしかないのだ。 「来月になればまた、行けるようになると思う」 「……そっか」 「お前が作るスープも飲める」 「ふふ」 はにかんだ笑い声だった。が、彼の表情はどことなく沈んでいる。おや、と察した時には、リョウは目を伏せて黙ってしまった。……どうしたのだろう。さっきまで愉しそうにしていたのに。不思議に思い、濡れて直毛になった彼の頭に触れようとすると、やにわに強く抱きつかれて、圭一郎はいささか驚いた。 「……リョウ?」 「……ん」 「どうした?」 泡だらけの両腕でリョウの背中を抱き、ぽんぽんと撫でてやる。が、相手は特に意味のない鼻から抜けた声を漏らしながら、圭一郎の裸体をぎゅうっと抱きしめるのみだった。 肌同士がぴったりと密着し、彼のじっとりとした体温が体内に流れ込んでくるようだった。そんな気はないのに下半身が淡く反応する。芯を持ちだしたそれが彼の腹部に当たってしまい、気まずかった。 もう一度名前を呼ぶ。すると、数秒経ってからではあったが、ちゃんとした返答があった。 「……最近ね」 「ん?」 ぼそぼそとした声が鎖骨あたりに吹きかかる。 「けーくんとあんまり喋ってないし、ベタベタしてないじゃん?」 「……あぁ」 「だから、うーんと……寂しかったなぁって思って……あ、でもでも、けーくん仕事頑張ってるんだし、仕方ないのは分かってるから……うん、ごめん……」 そしてリョウは、はーっと感極まった吐息を浴びせてきた。 「……今、こうしてけーくんのそばにいられて、嬉しい……」 とす、と心臓に過たず何かが刺さった音が聞こえた気がした。そして胸のうちで勢いよく爆ぜるものがあった。たまらない気持ちになり、圭一郎は何かを思い考えるよりも先に、リョウのあごを掴み、半開きになっていた唇に食らいついた。

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