28 / 89

28.

この前の一件で、あの人に何らかのトラウマがあるのは分かった。 抵抗する態度が気に食わなくて、思わず弾みで出てしまった取り引き。なぜ頷いてくれたのかは分からないまま、未だに連絡を取れないでいる。 もうすぐ月が変わるな、と。ぼんやりカレンダーを眺めていたところに電話が。少し迷って、通話ボタンを押した。 「…はい」 『よ、久しぶり』 この何とも言えない妙な気持ちで会話をしたくない。早く終わらせようと小さくため息をついた。 「で、用件は?」 『えー、そりゃねえだろお前。こんなに可愛いセフレ放っておいてくれちゃってさー…なに、今は満足してんの?』 この前はあんなに盛ろうとしてたじゃん、と。 冷笑混じりの声音が耳に忍び込んで、思わず声を荒らげる。 「っ…何なんですか、あんた…!」 『何ってセフレじゃん。まあいいや、まだ抱く気あんなら金曜どうよ?』 あんな約束、取り消しに決まってる。頭ではそう考えていたのに、無意識に紡いだ言葉は全く正反対のそれで。 「……場所は?」 ふ、と含み笑いをする彼は今…どんな顔をしているのだろう。 『この前のホテルで20時に』 電話を切った後も、脳内で響くのは不自然なほどに凪いだ声音。 何故だか胸騒ぎを覚えて、次こそは約束を反故にしようと決意を固めた。

ともだちにシェアしよう!