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招き入れられた室内の奥には進まず、入口で立ち止まる。 「ん?どした?」 首を傾げる彼は、こんな風に笑う人だったろうか。小さな引っ掛かりを覚えてその表情を凝視する。 「な、なんだよ…」 「…痩せました?」 一瞬、僅かに見開かれた瞳。ぱっと逸らすその仕草が答えを告げていて。 「……そういうの良いから、ほら早く」 「ハルさん、あの…やっぱり、俺―――」 手を引く彼の背中に投げかけた言葉は途中で終わる。 「…分かった。他の奴んとこ行く」 身を翻したところを慌てて捕まえた。掴んだ手首は記憶よりも幾分か細くなっていて、思わず舌打ちをひとつ。 「あんた…ほんと、タチ悪い」 目を細めてこちらを見やる彼は、どこまで分かった上で動いているのか全く読めなくて。一度、深呼吸をして俯く。 「…ベッド、行きましょう」 再び上げた(おもて)の、表情は上手く作れていただろうか。

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