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32.
あれから何回か身体を重ねたけれど。
(いつも俺から、なんだよなぁ…)
向こうから連絡が来たことは一度もない。セフレになろうと誘っておきながら、その不可解な行動に頭を悩ませる毎日。
そんなある日、芹生くんが拉致されて。俺もひどく驚いたし、何よりルイの落ち込みようが凄かった。
細田から連絡が入ったのは、そんな時。
指定された喫茶店に向かうと既に彼は座っていて。頼んだ飲み物が運ばれてきてから口を開いた。
「…で、こんな所に呼び出した訳は?」
ホテル以外の場所で会う理由が見つからない。カフェオレに口をつけてから、砂糖を足す。
「芹生のこと…ありがとうございました。ハルさんが居なかったら色々危なかったって、聞いて…」
なるほど。彼を大事にする細田らしい。声の調子は弱いながらも、その瞳はしっかりと俺を見据えていた。
「芹生くんに何もなくて良かったよ、ほんと」
心からそう思える。あの光景を思い出したくなくて、ほんのり甘くなったカフェオレを流し込んだ。
「…用事はそれだけなんで」
「は…?」
まさか本当に話すためだけに呼びつけたのか。
「なあ…何か勘違いしてねえ?」
会って話をするだけのセフレなんて聞いたことがない。思わず問いかければ、目の前の彼はゆるゆると瞼を上げた。
「……良いでしょう、たまにはそういう日があっても」
つまり、芹生くんの話をした後は抱く気にもなれないということ。嘲ってやるつもりだったのに、噛んだ唇からは何の音も出てこなかった。
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