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「……いっつも芹生くん、だな」 「はい?」 店内の音楽にかき消されそうなほど小さな声。聞き取ろうと顔を上げて、思わず固まった。 (…なん…って顔、してんだよ) 寄せられた眉、少し潤んだ瞳。 噛みしめた唇は痛そうで。 頭をかいて天井を仰ぐ。 いつも手酷くしている自覚はあったから、今日くらいは話だけで済ませようと決めていたのに。 こんなにも簡単に崩れると思わなかった。 代金を置いて立ち去るつもりなのだろうか、財布を取り出す彼をよそに立ち上がる。 「…いつもの所で良いですか」 「え、だって…」 戸惑う瞳を捉えたいと、掴んだ顎を上向かせた。 こんな俺でも一応、彼の身体を心配している。けれどそれを伝えたら何かが変わってしまう気がして、結局は胸の奥底にしまいこんだまま。 「……今日はとびっきり優しく抱いてあげますよ」 代わりに紡いだ言葉で伝われば良いのにと願う反面、無理を決めつける心に自嘲の笑みを浮かべた。

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