38 / 89
38.
店で誕生日を前祝いしてもらった翌日。
散々飲んでまだ倦怠感の残る体を引きずるようにしながら、台所へ向かう。
水を飲んで落ち着くと目に入る、のど飴のパッケージ。スティックタイプのそれを手に取った。
ありふれた銘柄をぼんやり眺めて思い出すのは彼との情事後。
うつ伏せで枕に顔を埋める。今日の様子なら答えてくれそうな気がして、何でもない振りを装いつつ訊ねた。
「なあ、なんで俺とセフレになったの?」
スプリングの軋む音で、座った位置を感じ取る。
無音に耐えられず、苦し紛れにこう続けた。
「あー…その、俺が嫌いとか嫌悪感?あるなら無理して抱かなくていい、けど」
響くのは加湿器の静かな作動音だけ。いくら焦れてもそちらを向く勇気はなくて。
「ほら、いつも…俺から誘うし……」
最後はほとんど消え入るような声だった。言葉尻が枕に吸い込まれて、しばらく。
「…嫌いな人だったら、抱いたりしません」
ぎこちなく頭を撫でる手のひらと、差し出されたのど飴。
甘やかな記憶が蘇ってしまえば、もう立ってはいられなかった。飴の文字が滲んで、また鮮明になって。
何度も繰り返す中で、ずるいと呟いた。
(ほんとうに、狡い…)
あの日に戻りたいような、戻ってしまえば二度と抜け出せなくなりそうな。
もちろん、誕生日が近いことなんて知らないだろう。それでも最高のプレゼントをもらった。
忘れられない、ともすれば呪縛のように優しいプレゼント。
ともだちにシェアしよう!