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38.

店で誕生日を前祝いしてもらった翌日。 散々飲んでまだ倦怠感の残る体を引きずるようにしながら、台所へ向かう。 水を飲んで落ち着くと目に入る、のど飴のパッケージ。スティックタイプのそれを手に取った。 ありふれた銘柄をぼんやり眺めて思い出すのは彼との情事後。 うつ伏せで枕に顔を埋める。今日の様子なら答えてくれそうな気がして、何でもない振りを装いつつ訊ねた。 「なあ、なんで俺とセフレになったの?」 スプリングの軋む音で、座った位置を感じ取る。 無音に耐えられず、苦し紛れにこう続けた。 「あー…その、俺が嫌いとか嫌悪感?あるなら無理して抱かなくていい、けど」 響くのは加湿器の静かな作動音だけ。いくら焦れてもそちらを向く勇気はなくて。 「ほら、いつも…俺から誘うし……」 最後はほとんど消え入るような声だった。言葉尻が枕に吸い込まれて、しばらく。 「…嫌いな人だったら、抱いたりしません」 ぎこちなく頭を撫でる手のひらと、差し出されたのど飴。 甘やかな記憶が蘇ってしまえば、もう立ってはいられなかった。飴の文字が滲んで、また鮮明になって。 何度も繰り返す中で、ずるいと呟いた。 (ほんとうに、狡い…) あの日に戻りたいような、戻ってしまえば二度と抜け出せなくなりそうな。 もちろん、誕生日が近いことなんて知らないだろう。それでも最高のプレゼントをもらった。 忘れられない、ともすれば呪縛のように優しいプレゼント。

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