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46.
いつものように意識を失った彼の頭を撫でて、自分も隣に寝転んだ。
警戒心が薄れたのか、度々見せてくれるようになった寝顔はどこかあどけない。頬に指を滑らせてふと気づく、乾いた涙の跡。
(……泣くほど、嫌なのか)
思い当たる節はいくつもある。毎回優しくしている訳ではないし、仕事をしながらきっと他の人とも関係を持つハルさんにとっては相当な負担だろう。
避妊具を付けなくて良いと言われた時。
目の前で背を晒す彼が急に別人のように思えて。金を払っているわけでもない、赤の他人でもない。それなのに。
男性の娼婦のようだと感じてしまった。性行為を生業とする、男娼。
何故か無性に腹が立って、返した返事はとても冷たい声音だったはずだ。頭に血が上っていたから、はっきりとは覚えていないけれど。
(多分、言葉……足りなかったよな)
何故か、ではなく。理由に気付きかけている自分が嫌で、ベッドを抜け出す。
このまま関係を続けるのはお互いにとって良くないことだと、考えるまでもなく理解した。
(気持ち悪い、のは…)
貴方の方でしょう、と。労る言葉を続ける余裕は欠如していて。
抱かれた経験は皆無でも、想像は付く。中にそのまま出されるのはきっと、とてつもなく気持ちが悪いものだと。俺が処理をするにしても羞恥を煽り、自分でするとなればそれこそ屈辱で身悶える姿が想像出来る。
(…まあ、付けて正解だったか)
何を考えているのか分からないが。あのまま誘いに乗っていたら、嫌悪で舌を噛み切るぐらいはしそうだ。そうなれば涙どころの騒ぎでは収まらない。
泣くほど嫌がっている相手を好きになりかけてしまった。
これほどまでに不毛な行き先の感情があるだろうか。
――もう、終わりにする。
言い出しておきながら身勝手だと罵られても良い。拳のひとつやふたつは受けよう。
きっと、彼にとっても悪い話ではないから。
これ以上、惹かれてしまう前に。
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