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50.
「朝まで飲んだくれろー!非リアども!」
年間のイベントでも盛況ぶりは上位に入る、クリスマスイブ。来ている客は本当に非リアなのか、それとも予定が無いだけか。
どちらにせよ今年のイブはかつて無いほどの盛り上がりを見せている。
この当たりで一旦休憩を挟まないと、間違いなく朝まで持たない。後輩に目配せして席を立つ。
「えーハルどこ行くのー?」
「悪い、ちょっと。すぐ戻って来るから」
纏わりつく客の頭を撫でてバックヤードへ向かった。
遠く聞こえる喧騒の中、煙草を咥えてスマホを取り出す。イブのこの時間帯ということもあり、プライベート用の方は通知も少ない。ざっと目を通して、着信履歴に差し掛かった時。
「……は、?」
名前を見間違えるほど酔っていない、はずだ。細田とそっけなく表示されたそれを穴が開くほど見つめて。
単なる間違い電話だろう。向こうから連絡が来たことは一度だって無いから。そのままスマホをしまおうとして、けれど出来なかった。
平静を装えるまで落ち着いて、やっとボタンに手を掛ける。
『……は、い』
「よー、電話して来るなんて珍しいじゃん。どした?」
『でん…わ……?』
眠っていたのか、開口一番に掠れたバリトンを披露してくれた彼。これは本当に間違い電話かと落胆しかけた、その瞬間。
『あー…こえ、聞きたくて』
「…え?」
声?俺の?
疑問符を大量に生産しながら、人違いだと笑ってやろうとしたが。
「お前、寝ぼけすぎて―――」
『…つか、会いたい』
「っ、……な、…に」
心臓が、きゅうっと縮まった。思わず壁伝いに座り込んで、ため息を吐く。
それきり静かになった電話口。夢だったと忘れてもらうには、今のタイミングで切れば良い。
『あの、えっ…俺、何て言いました?』
しばらくの沈黙の後、先程とは打って変わってはっきりした口調の彼が戻ってくる。やけに慌てた様子のそれを聞いて、逆に冷静さを取り戻した。
「いや、別に…そんな大したことは」
『んー………』
同じテーブルのヘルプに付いていた後輩が急かしにやって来た。そろそろか、と通話を終わらせようとする。
『…まあ。ちょっと残ってる記憶が、間違ってないなら』
電話越しでもドキリとするような、その声音。
『さっきの、本音です』
簡潔に告げられた言葉が全身を突き抜けて、歓喜か羞恥か分からない震えが全身を襲う。
待っている客には申し訳ないが、店には戻れそうにない。
目を丸くする後輩を通り過ぎ、オーナーの所へ走り出した。
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