53 / 89
53.
この短時間で彼の色々な一面を知った。
誕生日、血液型、好きな食べ物、嫌いな食べ物。
至近距離で語られるエピソードはどれも興味深くて。それからしばらく、他愛もない話を続けた。
「じゃあ橋本さんは」
「…名前」
「ん?」
思わず口を挟んでしまってから、しまったと俯く。合点が行ったのか覗き込んでくる顔はだらしなく緩んでいる。
「そういえば、まだ聞いてませんでしたね」
「別に……」
「呼んで欲しくないんですか?」
ぐっと言葉に詰まる。本当は呼んで欲しい、けれど。意地っ張りな部分がどうしても邪魔をして。
悩んだ末に、回されている手を取った。手のひらにするすると指を走らせ。
「………あきら」
「えっ」
「だから、名前」
綴ったのは『彰』の文字。振り向けば間抜け面を晒す細田。何だか楽しくなって、吹き出しそうになるのを堪える。
「ちょ!もう1回、ねえ!」
「嫌だ」
予想通り慌て出した彼の文句を背中で受けながら、この時間がいつまでも続けば良いのにと思ってしまう。
外界から断絶されたこの空間は、とてもあたたかい。
(……クリスマスだもんな)
分かっている、そんなことは。
ひとしきり笑ってから腕時計を見やる。とっくに日付は変わっていて、もうすぐ3時になろうかという所だった。
「…なあ、細田」
「はい?」
結局漢字は教えなかったと、拗ねた口調を聞いて思い出す。いつも余裕な彼も存外子供なのかと嬉しくなり、その頬に手を伸ばした。
「ウチ、来る…?」
ゆっくり見開かれる瞳を正面から受けたのはいつが最後だったか。どこか狭間で揺れるそれを辛抱強く見つめる。
「…でも、電車」
「タクシーですぐ」
それきり黙り込んでしまう細田。ふ、と笑って体ごと向き直る。
「名前の漢字、教えてやるから」
決め手になった訳ではないにしろ、彼が頷いたのはそれからすぐだった。
今なら。クリスマスの、今日なら。
泣きたくなるほどの幸せに浸りながら抱かれても、良いだろうか。
ともだちにシェアしよう!