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63.
3月が目前まで迫ってきた。
部屋でひとり、見るともなしに眺めるテレビ。目まぐるしく身の回りで起きたことが受け入れられない。
携帯が振動した。ディスプレイには『細田』の文字。少し迷って、通話ボタンを押す。
「…はい」
『今、時間大丈夫ですか?』
是と答えてしばらく。躊躇いを経て伝えられる『会いたい』の言葉に息を詰めた。
「あー、うん……んー…」
本音を言えば。揺れているこの状態で、会いたくはなかった。満足に抱かれることもままならないだろうから。歯切れの悪い返答に何かを察したのか、向こうで淡く笑う気配がする。
『……普通に、話がしたいだけですよ』
その声音にいくらか救われた気がして、「家で待ってる」と小さく告げた。
「こんにちは」
「…ん。上がって」
マフラーから覗く双眸が細められて、自分のポーカーフェイスが失敗に終わったことを悟る。コーヒーを煎れて、向かいに腰掛けた。
「で?急にどうしたんだよ」
「元気にしてるかなあと思って」
いただきます、と口をつけた細田が微笑んだ。迷ってから、結局何も言えずそれに倣う。
「…何か、ありました?」
疑問形ではあるものの、確信を持っているような口ぶりに思わず顔を上げる。コト、とマグカップを置いた彼が首を傾げた。
見つめ合うことしばらく。根負けして、重い口を開いた。
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