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66.
弘人から渾身丁寧な謝罪を受けて、止まっていた時が再び動き出したような毎日を過ごしてきた。
少しずつ、ほんの少しずつではあるものの、トラウマと呼べる傷も癒えてきたと思う。
「おはよ」
ひらりと手を振る、この笑顔にも慣れた。柔らかい雰囲気で"友達"を語られるとどうしても拒めない。
(…だって、俺は)
あの頃求めていたのはこんな温もりだったのだから。つきりと痛む胸と付き合いながら、ぬるま湯に浸かる日々。
優しくする、と流されるままに辿りついたのはラブホテル。
「本当に良いの?」
言葉少なに問われて、ふと一瞬浮かんだ顔。4つ歳下の――…
「…いい」
首を振った。別にを気兼ねする関係でもない。そう、ただのセックスフレンド。
うん、と呟くように告げた弘人が扉を開ける。
「後悔しないなら、おいで」
一歩、踏み出した。やけに大きく響いたのは扉の音、それと自らの心音。
「腰、どう?」
「ん……」
ベッドに伏せる俺に笑った弘人が、ペットボトルを投げて寄越す。ぽすんと隣に着地したそれを取りながら上体を起こした。
「…相変わらずお上手で」
返事は片目を眇めただけだった。緩く弧を描く口元を見て、ため息をつく。自信があるのだろう。
(そりゃ、まあ……あんだけ啼かされりゃあな)
元々身体の相性は悪くない。だからこそ関係を持てた。
でも、と頭をかく。
(…違和感、っつーか)
どこか腑に落ちない。昔の自分ならそれこそ諸手を挙げて喜びそうな状況なのに。
首を捻る俺に、気が向いたらまたとの誘いを掛けた弘人。上の空の状態で特に深く考えず頷いた。
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