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あれから、何回か弘人に抱かれた。 初めは気持ち良かったその行為も、回を重ねるごとに苦痛が増して。痛むのは心の奥深く。 ―――虚しい。 ただ、それだけだった。 何故だろうと考えて行き着いた、彼の存在。もう誤魔化しきれないほどに大きな存在になっている。 優しく抱かれることを。あの声で呼ばれた時の胸の高まりを。 知ってしまったからには戻れない。 「どうしてくれんだよ…」 自嘲気味に呟いて、笑う。 メッセージアプリが受信を告げたのは、そんな時だった。 「―――で、話って?」 改まって呼び出しをかけてきた目の前の男を見やる。浮かない顔と声のトーンだけで分かってしまう、ああきっとこれは。 「…この後、仕事なんだわ」 仕事があるのは本当。だけれど時間の猶予もある。時計を気にする素振りを見せれば、案の定細田は口を開いた。 「じゃあ……単刀直入に言います。関係を、終わりにしましょう」 ほら、悪い話はさっさと済ませてしまうに限る。 意志の宿った強い瞳、声音。それも[終わりにしませんか]ではなく断定系で。 「は……そんなことか」 精一杯の虚勢を張ってみせれば、彼はふと笑った。 「…例の…元の、人とも。関係がありますよね」 (だから、だから…そいつだけで満足してるだろうって?) ぐ、と拳を握って深呼吸した。落ち着け。 「分かった。まあ楽しかったよ」 動揺を悟られまいと頷き、机に諭吉を載せる。立ち上がれば焦った様子の相手に腕を掴まれ、思わずびくりと固まってしまう。触れ合った箇所からじんわりと伝わる熱が怖くて、…愛おしくて。何かを考えるより先に振り払っていた。 「橋本さん、待っ「じゃあな」………、!」 これ以上顔を合わせていたら、みっともなくすがりついてしまいそうだった。乱暴に扉を開け、転がり出るように店を後にする。 別れ際、垣間見えた懇願の表情が頭から離れない。は、と息を切らして細い路地に座り込む。 期待していたわけじゃない。それでも、追ってくる気配が無かったことに。本当の終わりを感じて―――ただ項垂れた。

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