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68.
あれから仕事に行く気にもなれず、ひたすら酒を煽った。浴びたと言っても間違いではないほどの様子に、やれやれという表情のマスター。その表情が不安に変わり、とうとう酒が出てこなくなった。
会計を済ませ、バーを後にしてから何軒梯子しただろうか。
乗り込んだタクシーにどうにか行き先を告げて、着いた先は自宅。多めに置いた紙幣は酔っ払いを乗せた迷惑料だ。
カン、カン、と安いスチール音を響かせながら階段を登る。アパートの住人は皆もうとっくに寝静まっているようで、春風にそよぐ枝葉の音が聞こえるだけ。
(…春、か)
4月。新学期。いっそのこと、新しい環境へ進む前にこの爛れた関係を精算したかったのだと言ってくれれば、あるいは―――…
指先で探り当てた端末の画面を叩く。
無意識に辿るのはやはり彼との繋がり。あまり頻繁ではなかったメッセージのやりとりも、数回しか使わなかった電話番号も。
揺れる視界を酔いのせいにして、小さくため息をついた。
(あー……早く寝よ)
手すりにもたせかけていた体を起こしたのだが。急に動いた反動か、はたまた頭を振ったせいか。
ぐらりと傾ぐ世界。反転する景色に危機を感じた時には、もう遅かった。
「っ、…や、べ……!」
伸ばした手は空を切って、虚しく宙を掴むだけ。ガコンと重い音が耳に届き、ああスマホの修理代って結構高くつくんだよなあ――と、どこか他人事のように考えながら目を閉じた。
俺が覚えているのは、そこまで。
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