数日後、無事に退院した俺を迎えに来てくれたのは弘人だった。 「…へえ。俺今ここに住んでんのか」 バタン、と車の扉を閉めてアパートを見上げる。どこか他人事のような俺の口調に笑った弘人は、着替えの入っている袋を持ち上げた。 「家主の発言的には変な感じだな」 「んん……複雑」 無意識に難しい顔をしていたのだろう、眉間を伸ばす意図で触れてきた指を掴む。やめろよ、と拗ねる俺に微笑んだ弘人は、そのまま手を繋いできて。 「荷物置いたら少し散歩するか？」 僅かに迷って、頷いた。絡められた指と、重なった手のひらに戸惑う。何か、もっとこう――大きくて、あたたかい温度を知っている気がしてならない。 繋がれた手を凝視したきり固まる俺に、苦笑を送ってくる弘人。 曖昧に反応を返して、頭を振った。 このあたりの地理を少しでも頭に入れておきたい。それに、何か思い出すきっかけになれば…と、拳を握る俺を、弘人が静かに眺めていた。 「公園かー」 「大人になってからは縁のない場所だ」 くすりと笑って頷く。平日の昼間。小さい子供が少ない地域なのだろうか、ひっそりと静まり返った場所に遊具が点在している。 ふと、どうにも惹かれるものがあった。青色の球体。中がくり抜かれているそれは、大人2人が入るのにちょうどの大きさだ。近づいて触れた、その瞬間。 ドクン――… 唐突に高鳴る心臓。指先まで冷える感覚と、点滅する視界。キン、と耳鳴りが始まる。全身の血管が収縮して、息が詰まった。 [見たことがある] [知っている] [どこで…？] 耐えられずにしゃがみ込んで頭を抱える。走馬灯の如く浮かぶ光景からは、たまらなく焦がれた温かさを感じて。 「っ、う……ぁ、！」 「彰！？」 嘔吐くように震える身体。薄らと滲む涙が零れて砂に染みを作った。 背中を撫でるてのひら。 (…ちが、う……) 肺を、心臓を。突き刺される痛み。 朦朧とする意識に揺さぶられながらも、響く声があった。 『橋本さん』 柔らかい部分を抉るそれに、気づけば自然と漏れる言葉。 「ほ…そ、だ、……っ」 紡いだその名は、ひどく大事な宝物のように思えてならなかった。