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Ⅲ
翌日、午後5時少し前。中央区にデカデカと建てられている会社の前で真智雄はたじろいでしまった。
(うひゃああああ…こんな会社の社長相手かよぉ…諸角社長ももうちょっと考えてくれよ俺の独り立ちぃ……。)
両頬をパンパン、と叩いて気合を入れると、エルメスの漆黒のアンティークトランク(会社支給)を持って建物に入って行った。
「すいません…本日5時に朴澤社長とお約束しております、『エルテックサービス株式会社』の俵と申します。社長にお取次をお願い致します。」
「少々お待ちくださいませ。」
エントランスの受付嬢に、いかにも慣れていますと言わんばかりに饒舌に取次を要請した。真智雄の心臓はバクバクと打っていた。
受付嬢は内線をかけて、すぐに切ると真智雄を見た。
「只今、朴澤の秘書が伺いますので、こちらでお待ちください。」
「はい、わかりました。有難うございます。」
とりあえず一息、脱力する。数分後、仕事やテレビでしか見たことないくらいに美人な女性が真智雄の元にやって来た。
「俵様、お待たせ致しました。私、朴澤の秘書をしております、柿本 と申します。」
「あ、えっと、俵です。」
お互い名刺を交換する。真智雄の名刺は、諸角が身隠するために起業した表向きの会社の名前だった。本物の名刺は顧客本人にしか渡さない決まりだ。
柿本に案内されて、真智雄はエレベーターで最上階のフロアへ向かった。音のない最新エレベーターの性能に真智雄は驚く。自分の勤め先は築何十年だというくらい狭くて汚い、ガタガタ音が鳴るエレベーター。本当にここは同じ国なのかと溜息が出て来そうだった。
最上階のエレベーターを降りて突き当たりの高級そうなドアを柿本が開けると、入るように促された。そして真智雄は唾を飲み込んで、一歩入る。
「失礼します。」
真智雄の視線の先には、かなり立派なデスクに座っている自分とあまり年が変わらなさそうな端正な顔立ちをした青年がいた。
柿本は部屋に入ることなく、そのドアを閉め、部屋には真智雄と青年の2人きりになった。
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