12 / 36

 アルバは理仁の自室の隣にある使用人の部屋を与えられた。 「アルバ様、荷物を片したら直ぐに理仁様のお部屋にとの仰せで御座います。」  執事長の須田(すだ)に淡々と言い付けられて「はい」と返事をした。    部屋は10畳ほどで、窓も大きく外からの光が程よく入ってくる。置かれている家具は質素な木製のシングルベッド、アンティーク調の机、本棚、クローゼット、実にシンプルだった。アルバはまずクローゼットを開けた。  部屋に案内される時に須田に説明されていた。勤務中、つまり日中はこの使用人用の制服を着用するように、と。見た目に反して伸縮性があり動きやすい白いブラウス、白のスカーフ、藍色のベストと、同じ色の短パン、そして何故かベルトでなくサスペンダー。 (確かに世の15歳にしては体型が幼いと俵さん達にも言われたけど…これは幼子すぎやしないかな?)  だが自分は買われた身であるので不平不満の口は慎む。アルバはクローゼットの隣にあった全身鏡で身なりを確認して、キュッと顔を引き締めた。 (理仁さま、気難しい方と自身を評していたけども…僕はそう思えない気がする。)  白のソックスと、新しい革靴、サイズはピッタリだった。歩き出して、部屋を出て数歩、直ぐ隣にあったウォルナットの立派なドアを控えめにノックした。 「理仁さま、アルバでございます。」 「入って来い。」 「失礼します。」  誠子たちに教えられたように、一つ一つの所作を意識しながら、扉を開けて一礼をして真っ直ぐと目線を上げた。  理仁は窓を開けて、窓辺に立っていた。その後ろ姿は息を呑んでしまうほどにアルバには美しく映った。 「理仁さま…あの…僕に何かご用事がございますか?」 「ああ…仕事をしようと思ってな…君はコーヒーを淹れる心得はあるか?」  ゆらりとアルバの方を向きながらそう訊ねた。 「えっと…紅茶でしたら多少……コーヒーは正直申しましてインスタントのものしか知らなくて……。」 「では須田に挽き方、淹れ方を教えてもらえ。私は毎日コーヒーを飲むのでな、私専属の世話係ならコーヒーを淹れられないと話にならん。」 「はい、(かしこ)まりました。」 「それと、これを渡しておこう。」  理仁はアルバに近づいてくる。そしてアルバの手に渡されたのはアルバの手にちょうど良いサイズの携帯電話だった。 「そこに私の私用の番号、ここの執事室と須田に支給している携帯の番号が入っている。何か用事を申付ける時はそれで連絡をする。」 「はい…ありがとうございます。」 「それと、そこのドア…。」  理仁の目線を追って、アルバもその方向を見ると、小さな木製ドアがあった。 「君の部屋とつながっている。あのドアに鍵は付いていないのでいつでも出入りが出来る状態にしている。私が呼んだら直ぐに来るように。」 「は…い……。」 (やっぱり……御奉仕というのは…。)  アルバの身体が強張ったのを理仁は見逃さなかった。目頭を抑えて「はぁ」とため息を吐くと、アルバは少しだけ怯えたように肩を震わせた。 「外商の人間に何を吹き込まれたかは知らんが、私は君を男娼として囲う気は更々ない。さっきも言った通り、日雇いをすることが無駄だと感じたから君を買った、ただそれだけだ。」 「は…はい…申し訳、ございません。」 「分かればいい。夜中にこの建物に残るのは私と君だけなんだ。夜中に主人の不都合があれば働いてもらう、ただそれだけだ。」 「……はい。」  理仁は作業机に進み、立派なオフィスチェアに腰をおろした。閉じていたノートパソコンを開いて、ラフな黒縁眼鏡をかけてアルバの方を見ずに伝えた。 「夜中にコーヒーを淹れてくれる者がいないのは不便なんだ。いいな。」  アルバは胸がチクリと痛んだ。だけどそれを顔に出さないように努めて、お辞儀をした。 「畏まりました、理仁さま。」  そう言って、アルバは理仁の部屋を後にした。  そっとした音でドアが閉まると、理仁はそのドアを見つめて顔を手で覆って「はああぁ」と大きな溜息を吐いた。 (どうしてだ……私はどうしてあのような物の言い方しか出来ないんだ……!)

ともだちにシェアしよう!