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XⅢ

 アルバは須田と一緒に1階の調理場の隣にあるティールームに入った。 「はわぁ…こんなに茶葉が……。」  壁に埋め込まれた大きな棚にコーヒー豆と紅茶の茶葉、抹茶、日本茶、中国茶とまるで専門店の品揃えで並べられていた。 「ロンネフェルトにマックウッズ……このスパイスはマサラ・チャイの為ですか?」 「アルバ様は紅茶の知識に明るいのですね。」 「昔、母がよく淹れてくれたんです。母も紅茶が好きで一緒に飲んでいました……あ、すいません、はしゃぎすぎました。」 「いいえ、(わたくし)も紅茶が好きなので、またお時間がある時にお話したいですよ。」  少し恐縮したアルバに須田は優しく微笑んで優しい声で応えた。  須田は老齢で、理仁が産まれる前から朴澤家に仕えている。次期総帥とも云われる理仁にこの有能な執事が付くのも当然のことだった。本宅の方には須田の息子が執事長として従事している、ともアルバに話してくれた。 「理仁様はコーヒー党ですので、しっかりと淹れ方を覚えましょうね。」 「はい。」  まずは須田が手本を見せながらブレンドのレシピを教えてくれた。アルバは須田から支給された使用人用のメモ帳とペンを持って一生懸命にメモをする。須田の見事な手際に感心しながらも盗もうと必死になった。 「これを温めておいたカップに注いで、出来上がりです。」 「すごくいい香りがします…僕に出来るでしょうか?」 「ふふふ、大丈夫ですよ。理仁様に愛情を込めれば、美味しく出来上がります。」 「え?」 (そういえば、誠子さんも言ってたな…お料理は愛情だって……コーヒーも同じなのかな。) 「須田さん、僕も…。」  実践を申し出ようとした時だった。アルバが先ほど理仁からもらった携帯電話が鳴った。着信はもちろん理仁から。直ぐに応対する。 「は、はい…アルバです。」 『ああ、今どこだ?』 「えっと……須田さんとティールームにいます。」 『そうか、なら丁度いい……コーヒーを淹れてくれ。』 「か、畏まりました。」  アルバが了承すると理仁は直ぐに通話を切った。ツーツーという音に少し虚しさを感じる。 「あの、須田さん…理仁さまがコーヒーを淹れてって…。」 「じゃあ、やってみましょうか。」 「はい!」  まず焙煎された豆をレシピ通りに配合し、ミルで挽く。サーバーとドリッパー、カップを湯で温める。ペーパーフィルターをドリッパーにセットして挽いたコーヒー粉を投入、そしてドリップポットで習った通りに数回に分けて湯を注ぐ。「の」の字に回しながら、アルバは心の中で「美味しくなれ」と呪文を唱える。  そんなアルバの姿を須田は口を出さずに見守る。 (理仁さまに、美味しいって言われたいなぁ。)  そんなときめきと期待でアルバの白い頬はうっすらと紅潮する。 「では、カップとサーバーをお盆に乗せて…。」  火傷に注意しながらそっと銀色のお盆にカップとサーバー、小さなシュガーポットを乗せて、それを理仁の部屋に運ぶ。  理仁の部屋に着いてノックをすると、直ぐに「入れ」と命じられたので扉を開いて中に入った。 「失礼します。コーヒーをお持ちしました。」 「ん。」  理仁の机の横にあるティータイム用の小さなテーブルにお盆を置いた。理仁の横には空になって冷えたコーヒーカップがある。それを下げて、温まったコーヒーカップを置くと、サーバーから淹れたてのコーヒーを注ぐ。 「お砂糖いかが致しましょう?」 「結構だ。」 「…はい。」  アルバは一歩下がって空のカップとサーバーをお盆にのせて片しながら理仁の顔をちらりと伺った。 「これは、君が淹れたのか?」 「え…っと、はい……。」 (もしかして不味かったのかな?)  アルバは嫌な予想に眉を下げてしまった。そんなアルバの表情を見て理仁は少しだけ(しか)めていた顔を緩めた。 「初めてにしては上出来だ。」  思わぬ褒め言葉にアルバは顔をあげて理仁の顔を見た。理仁は穏やかに、美しく微笑んでいた。 「有難うございます!」  嬉しくて、嬉しくて、アルバはぱあっと明るく笑った。  すると理仁は直ぐに表情を硬くし、アルバから目を逸らした。 「次はもっと上手くしてくれ。」 「はい…頑張ります!」 (やったぁ!褒めてもらえた!次はもっと頑張って美味しいコーヒーを淹れるんだ!)  やる気に満ちたアルバの表情を理仁は直視出来ずにいた。そのことにアルバは気づかずに胸を弾ませる。

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