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ⅩⅣ
翌朝からアルバは理仁に尽くす為に働いた。
朝は5時に起床し、部屋のすぐ近くにあるバスルームで身なりを綺麗にし、使用人用の制服に着替えて、理仁が起き抜けに飲むためのコーヒーを淹れることが1日の始まり。
朝はアルバの部屋の隣に2階の簡易ティールームでその作業を行う。モーニングコーヒーの配合はまた特別らしく、それ用に配合された豆を一杯分取り出してミルで挽く。アルバはちらりと壁時計で時間を確認する。
(理仁さまは6時に起床されるって…あと5分だし、淹れてもいいよね。)
朝一番に熱々のコーヒーは厳禁であると須田に教わっていた。昨日とったメモを見ながらコーヒーを淹れる。香ばしい香りでアルバも自然と笑みがこぼれて、目も覚めてきた。
時計の長針が間も無く12を指そうとしたので、アルバは銀のトレーにコーヒーを注いだカップとソーサー、シュガーポットを載せて理仁の部屋に向かう。
立派なウォルナットの扉をコンコンと叩く。
「お早う御座います、理仁さま。朝のコーヒーをお持ちしました。」
そう言って扉を開けると理仁は既に起きていて、ベッドに腰をかけてミネラルウォーターを飲んでいた。
寝起きの姿さえも美しく端正であったので、アルバは数秒見惚れてしまった。
「お早う、アルバ。」
理仁の低い声でアルバは気がついて、軽くお辞儀をすると理仁の近くまで歩いた。
ベッドサイドにトレーを置いて、ソーサーを持って理仁にそれを渡す。
「お砂糖は?」
「いい。このままで。」
寝起きだからか、お世辞にも愛想は良くなかった。
というより、昨日の初めてのコーヒー以来理仁の口角は1ミリも上がっていない。こんな調子の仏頂面だった。夕飯も「美味しい」などとは言わずに黙々と1人で食べて、食べ終わったらすぐに自室に篭って仕事、須田が帰った後にアルバを呼びつけるようなこともなかった。
「須田にも言ってあるが、今日は夜に取引先との会食があるから遅くなる。先に休んでいて構わない。」
「え……そういうわけには参りません。理仁さまがお帰りになるまで待ちます。」
「君はまだ15歳だろう。深夜まで働かせてしまうようなことをしたくない。」
「ですが…。」
「わかったな。」
理仁に少しだけ凄まれるような言い方をされて、アルバは反論をやめた。そして素直に「はい」と返事をし、「申し訳御座いません」と深々と謝った。
理仁は飲み干したコーヒーカップをアルバに渡すと「ご馳走様」とだけ言い捨ててバスルームへ向かった。
(コーヒー…美味しくなかったのかな?)
少しだけ落ち込んだが、理仁が戻ってくるまでに簡単なベッドメイクと着替えを準備しなければいけない。
キングサイズのベッドの乱れたシーツを整えて、ウォークインクローゼットから理仁が出社する服装を選んで、それを全身鏡の横にあるハンガーラックにかける。選ぶ服は須田に教わっていて、メモを見ながら一つ一つ取り出す。
15分ほど経ってバスローブを着て髪の毛もそこそこに乾かしただけの理仁が部屋に戻った。
「ああ…準備をしてくれたのか。」
「はい、須田さんに教えていただいた、ので。」
理仁を見てアルバは少しだけ言葉を詰まらせてしまった。火照った肌と程よい筋肉が大人の色気を醸しており、朝からその姿がとても刺激的だった。
(ま、理仁さま……ちょっと、目のやり場に困ってしまう……。)
共同生活していた少年たちは自分と同じような身体であったし、亮太郎と真智雄も腕の筋肉は日々の労働で鍛えられていたが、そこまで目を見張るような体でもなかった。
テレビの向こうのモデルよりも美しい理仁の躯体に慣れるのには時間がかかりそうだとアルバは悟った。そして赤面と動揺を隠すように落ち着くまで顔を俯く。
アルバが思い倦 ねている間に理仁はYシャツとベストまでをきっちり身につけていた。
「アルバ、ジャケットを。」
「は、はい!」
アルバは少しだけ慌ててハンガーからジャケットを取り、理仁の後ろに回った。ふわりと、ジャケットを理仁に着せる。すると理仁はアルバの方を向いた。
初めて見る理仁の凛としたスーツ姿に、アルバは胸を高鳴らせた。しかしにやけ顔にならぬようにと口を絞めて、ジャケットの釦 、ネクタイ、社章バッヂを整えた。
「で、出来ました。」
「うん……有難う。」
事務的に礼を述べて理仁はアルバを横切って部屋を出て行った。
(あ……薔薇の香りがする……。)
アルバは理仁の脱いだバスローブと湿ったタオルを手にとって、それを1階のランドリールームへ持って行く。
「行ってらっしゃいませ、理仁様。」
「行ってらっしゃいませ。」
「ああ…。」
専属の理容師に整えられたオールバックに固めた髪、毅然とした姿で理仁は仕事に向かった。アルバは須田と共に門の前で見送りをする。車が見えなくなるまで頭を下げ続けなければいけない。
「ふぅ、やっと一息つけますね、アルバ様。」
「は、はい。」
(あ、そうだ…!)
アルバは昨日から気がかりだったことを思い出した。
「あの、須田さん!その、アルバ様、っていうのはやめて下さい。僕も須田さんと同じく理仁さまに御使いしている身ですので、その…。」
「……分かりました。すみません、長年執事をしておりますと癖のようなものだったので…では、改めて……アルバくん、今日もお仕事頑張りましょうね。」
「はい!」
アルバは少しだけ緩やかな歩速の須田の1歩後ろをついて、屋敷へと戻って行った。
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