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ⅩⅦ
結局アルバはマーマーレードに有り付くことが出来なかった。
陽が傾きだした頃、理仁が帰宅したようで使用人たちは慌ただしく動いた。アルバも泣いたことを悟られないようにといつもの笑顔を作って、エントランスで理仁を迎えた。
「お帰りなさいませ、理仁さま。」
アルバだけでなく、その場にいた使用人たちは全員頭を下げて「お帰りなさいませ」と口々に挨拶する。だが理仁はそれに応えることはなかった。
「須田は?」
いつもよりも厳しい口調で使用人の1人に凄んで訊ねた。訊ねられた使用人は怯えながら「応接間です」と答えると、理仁は応接間の方を向いた。
「アルバ。」
「は、はい。」
「部屋のシガレットケースが空だ。補充をしておけ。」
「畏まりました。」
アルバにそう命じると理仁は早足で応接間に向かった。その足音が理仁の不機嫌を物語っていた。
(理仁さま…すごい怒ってる……。)
理仁の背中を見送ることも怖くて目を逸らすようにアルバは命じられた作業に取り掛かった。給仕室の小さな棚に、理仁がいつも吸うKEITH を、換えのシガレットケースに補充する。あとはこれを部屋にある空のシガーボックスと取り替えるだけだった。
アルバは理仁の部屋に入ると、いつもなら机の上にオイルライターと共に置いているはずのシガレットケースが今日に限って見当たらない。きっちりしているはずの理仁が気まぐれに移動させたのか。キョロキョロとありそうな場所をひたすら探した。
「あ、あった。」
埋め込みの本棚のところに木製のシガレットケースとオイルライターがあった。それらを手に取ると、棚にある写真立てに気がついた。飾られていたのは桜の木の写真と。
(え……嘘……。)
アルバは信じられなかった。補充したシガレットケースとオイルライターをいつもの場所に丁寧に置くと、自分の部屋へ続く小さなドアを開けて自分の机に向かった。机の引き出しに潜ませていたのは、「お守り」。それを握りしめてもう一度理仁の部屋に向かう。
丁度同時に、理仁が部屋に入ってきた。理仁の顔は疲れ切っていた。アルバは手に握りしめていたお守りをサッと隠した。
「…あ、あの……。」
「頼んだことはしてくれたのか?」
「はい……。」
「有難う…。」
理仁はコートとジャケットをベッドの上に脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めながら1人掛けの大きなソファに腰をおろした。アルバは慌ててコートとジャケットを回収しようと手を広げたら、「お守り」がヒラヒラと落ちてしまった。
「……アルバ。」
「は、はい!」
名前を呼ばれたアルバは回収した理仁の衣類を抱えたままにぐるりと理仁の方を向いた。理仁の右手にはひらひらとした白い栞。
「あ。」
「…これは、何処から?君が落としたみたいだが。」
理仁の少しばかり冷たい眼 に肩を竦 めたアルバは慎重に返答の言葉を探った。
「それは、僕の…幼少から大事にしている…“お守り”でござい、ます。」
(もし、そんなものを所有していることを気に入られずに破られたら……。)
アルバは覚悟を決めたようにギュッと目を瞑って、抱えていた衣類をきつく握った。強張るアルバに与えられたのは、抱擁。
「少しだけ、こうしてくれ。」
(理仁さま、が……僕を……。)
鼻腔にくすぐる薔薇の香り、丁度良い温もり、心地の良い収まり、アルバは安心と緊張で強張る身体は変わらなかった。先程と違うのは、心臓が煩 い。
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