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ⅩⅧ
理仁の体温 と香りを思い出してアルバは夜はよく眠ることが出来なかった。
まだ暗い午前5時10分、アルバは浅い眠りから直ぐに覚めて心を落ち着かせるために窓を開けた。星がまだ見えるが、あと1時間も経てば陽が昇る。
(理仁さまの、ぬくもりが……まだ離れない……。)
アルバは抱きしめられた肩を、自分で抱きしめた。
気難しい理仁の、色っぽい声と甘い香りと、優しい温度。そればかりがアルバの思考を巡る。そして理仁はアルバの「お守り」を咎めなかった。
(俵さんや三苫さんから、大事なものを持つことを嫌う主人もいるから、これも本当は捨てられそうになった……だから理仁さまが、何も…言わないでくれて助かった。理仁さまは、気難しいなんてことない…。)
「そんなことより、理仁さまは、お優しい。」
つい零した言葉でアルバは顔を真っ赤にした。顔だけ熱を帯びた、目も熱い。もう間も無く朝焼けになる空を仰いで。すると隣からガチャっと窓が開く音がした。
「…アルバ。」
開けたのは部屋の主である理仁であることは必然だった。白い息が流れていくのが見える。アルバは名前を呼ばれて少しだけ身体を乗り出して理仁を見ようとした。
(平常心、平常心。)
いつもように表情を作って滑らかに「おはようございます、理仁さま」と挨拶した。
「…まだ起きたばかりか?」
「はい…あ、でも…あんまり眠れませんでした。」
「そうか……支度をしたらコーヒーを淹れてくれ。ぬるめなくて良い。」
「…かしこ、ま、りました…。」
モーニングコーヒーは少しだけぬるくしなければいけないのに、どうしてだろとアルバは不思議だった。
アルバは直ぐに窓を閉めて、顔を洗い、制服を着て、髪の毛を整えて、2階の簡易ティールームに向かう。
カップとドリッパーとサーバーを温め、モーニング用にブレンドした焙煎豆をミルで挽き、ドリッパーにフィルターをセットし、細口のポットを繊細に使いながらコーヒーを抽出する。もう慣れた作業だが、毎回忘れることがない、理仁の為に「美味しくなれ」と心の中で唱えること。
いつものようにシュガーポットとサーバーと温めたカップ、それらを銀色のトレーに載せると理仁の部屋に向かう。珍しく理仁の部屋のドアが片側空いていた。それでもそのまま入ることはなく、一度ドアをノック。頭を下げて「失礼します」と言って、理仁の許可を待った。
「アルバ……来なさい。」
美しい手がアルバを手招いている。その仕草にも心臓が一つ大きく鳴るとアルバは急ぐことなくいつもの歩調で理仁に向かった。いつも通りにテーブルにトレーを置いて、コーヒーを注ごうとするとその手を理仁に取られた。
「来なさい、と言っただろう。」
「え、でも…コーヒーを…。」
「そんなものはいい、アルバ……いや…。」
もう片方の手で理仁はアルバの下顎 を持ち、自分と視線を交差させた。
「やっと見つけた……夕莉 。」
アルバは、そのまま理仁の胸の中で泣いた。理仁の抱擁が温かい。
「理仁、さま……ま、さ…ひと……さま……。」
嬉しいのか、苦しいのか、わからない感情がアルバの胸の中で渦巻いた。
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