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ⅩⅩ
理仁はベッドに腰をかけて泣き止み始めたアルバを膝に乗せた。切れ長の一見すると冷たい眼でアルバを見つめて、指先で涙を拭った。
「僕の名前は……僕は…。」
「君の名前は、花垣 夕莉 ……。」
気が付いた時には諸角に拾われて、東中野のシェアマンションにいた。それまでどうやって生きてきたのかアルバは覚えていなかった。この「アルバ」以外の名前を覚えていなかった。
だけど、理仁の声が段々と奥底に封じていた記憶を暴いていく。
「この“お守り”しか、分かりませんでした…だから、昨日、理仁さまの本棚で同じものをお見かけして……何故だろうと思いました……誰から貰ったものなのか、このソメイヨシノが咲いてたお庭もわからなくて……わからなくて…。」
胸が、苦しい。だから心臓を両手で握るようにして手を震わせると、理仁が抱き寄せてアルバの小さな背中を撫でる。
「探していた……ずっと君を探していた……花垣家が没落し、君も失踪したと伝え聞いて諦めていた……ずっと、ずっと私の心に残っていた“想い人”は、もう何処にもいないのではと。」
「…理仁さま……。」
「その子は私の姿を見るなり、王子様などと言ってきた。幼い頃からずっとこの様な性格と身の上で、陰では冷酷だの無愛想だと謗 られ、眼前では媚びられていた私にとって、その素直な言葉は直ぐに心に刻まれた。そして何よりも、この美しい白……。」
優しく頬を撫でて、アルバの潤んだ瞳に理仁は微笑んだ。
「カタログを見て、この肌の白に懐かしさを覚えた。だから私は君を選んだ。ALBA ……ラテン語で白という単語だ。外商も中々に似合いの名をつけたものだ。」
「白…。」
アルバは理仁が撫でてくれる手を掴んだ。少しだけ潰れた栞を一緒に握りしめて。
「あの…想い人というのは……本当でございますか?」
「…そうだ……この花を、栞を渡したのは後にも先にも、想い人にだけだ。」
「僕が……理仁さま、の…想い人で、すか?」
理仁は今までに見せたことのないくらいに優しい笑顔をアルバだけに向けた。アルバを膝からおろしてベッドに座らせて、理仁は床にひざまづき、困惑するアルバの左手をそっととる。
「愛しているよ……ずっと、これからも…やっと見つけた、私の想い人。」
手の甲に口付けを。
アルバ……夕莉は、王子様……理仁の手を握り返した。
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