22 / 36

ⅩⅩⅡ -Last-

 3月も終わろうとする頃、朴澤理仁邸の庭園の梅の花は散り、今度はソメイヨシノが花開こうとしていた。 「桜前線、今年は少し早いっていってましたね。」 「そうねぇ…満開は4月の手前かしら。春雨なんか来なきゃいいけど。」  アルバ、改め、夕莉は変わらずに理仁の使用人として働いていた。理仁は庇護しようと申し出たがそれを夕莉は断った。その意思を理仁は尊重し譲歩した。  他の使用人たちも理仁と夕莉の関係を知った上で、夕莉と共に働ける事を喜んで歓迎した。それどころか。 「そう言えば新人運転手の(おか)くん、またやらかしたんだって?」 「あ…あはは……この辺馴れないと道に迷っちゃいますから、仕方ないですよね。」 「それで会議到着ギリギリになって理仁様がご立腹だったんでしょ?大丈夫だったの?」 「ええ…少し怒ってましたけど、理仁さまも鬼では無いので許して下さいましたよ。」  気難しい主人との緩衝材として非常に頼られるようになった。少し前までは整然としていない者への嫌悪や排除が激しかった理仁だったが、使用人の心も理解している夕莉が諭すことで随分と角が取れた。これには長年仕えている須田も驚きを隠せなかった。  クスクス、笑いながら庭の掃除をしていると門の方から大袈裟なブレーキの音が聞こえた。 「あら、噂をすればなんとやら。ありゃ怒られるかもねぇ…夕莉くんの出番じゃない?」 「ふふ…行ってきまーす。」  夕莉はその場を滝内に任せると急いで門まで走って行った。  着くと案の定、運転手の岡が頭を深々と下げて謝り倒し、理仁は無言で怒りのオーラを纏っていた。 「理仁さま、お帰りなさいませ。」  夕莉は慌てて駆け寄って、無意識に理仁の手を取っていた。そんな突拍子な行動に理仁は一瞬驚いたが、細く小さな夕莉の指先の冷たさに気が付いて、もう片方の手で夕莉の手を包んだ。 「ただいま、夕莉、手が冷たいぞ。」 「あ、あの…滝内さんとお庭の掃除を…じゃなくて、理仁さま、あまり怒らないで下さい。」 「あ、あぁ…。」  夕莉の言葉で理仁はため息を吐いて、頭を下げたままの岡を見る。 「もっと気をつける様に…それといい加減に道を覚えなさい。」 「はい!申し訳ございませんでした!」  これ以上のお咎めがないと安堵した岡は顔を上げて夕莉に向かって、手を合わせて理仁に見えぬよう「助かった」と感謝を伝えた。夕莉はクスッと笑って、理仁を庭の方に誘った。 「理仁さま、見ていただきたいものがあるんです。」 「そんなに引っ張るな、私は逃げないぞ。」 「いいから、いいから。」  楽しそうにグイグイと連れて行く夕莉の無邪気に理仁は小さく笑った。そして辿り着いたのは、ソメイヨシノの樹の下。 「理仁さま、もうすぐ桃色になります。」 「もうか…今年は早いな。」 「理仁さま、僕と理仁さまが出会ったのも、ソメイヨシノが咲いていたお庭でしたね。」  夕莉は少しだけ鼻と頬が赤くなっていた。理仁はそんな夕莉を抱き寄せて温める。トクントクンと心地の良い理仁の心音が夕莉に聞こえる。 「満開になったら、お邸のみんなでお花見がしたいです。」 「……そうだな、須田に伝えておこう。」 「理仁さまと、また桜を見れるなんて夢のようです。」  ぱあっと嬉しそうな顔を理仁に向けると、夕莉の肩を抱いていた方とは反対の手が夕莉の輪郭を捉えた。そして夕莉が好きな理仁の優しい眼差し。 「夕莉、ありがとう。愛してるよ……。」 「はい…大好きです、理仁さま。」  まだ少しだけ冷たい風が、1枚の花弁を口付ける2人の横に舞わせた。 _purchase of ALBA...END

ともだちにシェアしよう!