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 真智雄が東中野のマンションに帰ると、キッチンの方から良い匂いが漂ってきた。 「俵さん!おかえりなさーい!」  いつものように亜麻色の髪を揺らしながらフェリスが笑顔で真智雄を出迎える。そしていつものように真智雄の腕にギュッとしがみつく。 「ただいまー…あー、今日の夕飯はシチューかな?」 「うん、今日はルゥちゃんが作るからとっても美味しいよ。」 「さっきコンビニで会って聞いたよ。楽しみだなぁ…。」 「てか俵さん…お昼ニンニクラーメン食べたでしょ⁉︎くっさいんだけど!」  昼食のニンニク臭を察知したフェリスは途端に真智雄から離れていった。指摘された真智雄は思わず口を塞いだ。  自室に入り、荷物を置いて部屋着に着替えるとすぐに共同リビングダイニングに降りた。ダイニングテーブルにはサラダやパンが並べられている。真智雄がそれを感心して見ていたら、玄関の方から気だるそうな態度の亮太郎がやってきた。  営業の時はパリッとしたスーツを着た完璧なイケメンなのに、東中野に一歩でも入ると着古したダボダボのスウェットに100円ショップで買ったシリコン製サンダルというくたびれた中高年のおっさんスタイルで闊歩している。 「りょーちゃん先輩、お疲れーっす。コンビニっすか?」 「あー、誠子のヤローにサウザンドドレッシング買ってこいだのパシられたんだよ。」  セットを崩した髪をボリボリ掻きながら不機嫌にそう言うと、キッチンから誠子と今日の夕飯当番のルクスが出てきた。 「スマホでずーっとゲームしてただけじゃない。手が空いてるんだからお手伝いしなさいよ。」  誠子は隣にいたルクスに同意を求めるように「ねぇ」と問いかければルクスはニコリと笑った。  すると亮太郎は、ルクスの目線に移動して提げていたスーパーの袋をルクスに押し付けると、自分を指差し、胸の前で左手の掌を上に向けて右手を手刀のようにして左手首におくと右手を上にあげ、その右手の親指と人差し指で(あご)を挟み、指を閉じながら下におろす。  それを見たルクスは、亮太郎に右手を手刀の形にしたら下から上にあげた。 「わかれば良し。」  満足そうに笑った亮太郎はルクスの黒髪をクシャッと撫でて、再び大きなソファでだらけてスマホゲームを再開した。 「なんかあのリョーちゃん先輩が手話完璧とか意外すぎて未だに違和感…。」 「お陰でルーちゃんが来た時も助かったんだけどねん。そんなリョーちゃんもス・テ・キ♡」 「うっせーぞオカマ。」  今日の夕食当番、ルクスは聾唖(ろうあ)の少年だ。守隨組の経営する金融会社(闇金)に多額の借金をしていた母親とその彼氏からネグレクトされ虐待まで受けていた。守隨組に通ずる医師からは難聴であることは間違いないと診断されたが詳しいことはわかっていない。  聾唖とはいえルクスも他の少年達と同じで商品、売れなければ困るので、誠子が炊事洗濯掃除などを、何故か手話ができる亮太郎がある程度の識字と手話をルクスに叩き込んだ。  だがルクスがこのアンジェラスのカタログに載って早4年。  一度は売れたものの返品され、他の少年たちが少なくとも2億以上の価格で販売されているのに対してルクスは破格の1億4000万円という値段設定にされてしまうほど売れ残っている。  そして18歳を過ぎて19歳になったときに売れ残った少年たちは、守隨組に引き渡されることになっている。そこでの末路は想像に容易い。  真智雄、亮太郎、誠子、3人ともがルクスにが来ることを覚悟しながらも、どうにかならないかと願っていた。

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