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Ⅺ
スカイラウンジに着くと、ルクスは驚愕した。こんな高さから街を見下ろしたことなどがなかった。今まで歩いていた街がまるでミニチュアのように映る新鮮な景色に釘付けになりたかったが、また真智雄に叱責されることを恐れて大人しく主久についていた。
しかし聡明な主久はルクスがウズウズしていることがわかると、ルクスの高さまで屈んでルクスに微笑んだ。
「窓の外、見てきてもいいよ」
主久はゆっくりと話したが、読唇できずにルクスは首を傾げてしまう。なので主久は優しくルクスの手を引いて景色がよく見えるガラス窓まで誘導した。その前に着くと、主久はルクスの腰を優しくポンと叩く。
ルクスはなんとなくだが「景色を眺めてもいい」と言われていることがわかると、窓に張り付いて街を見下ろした。
(はぁああ…すっごい…! すっごいよ!)
ルクスの笑顔がキラキラと輝いた。
主久はそんなルクスの笑顔を見ると、すぐそばにある席に真智雄を座らせる。
「四方木様、あの…」
「いいんです。我々は契約を進めましょう。あなたもあまり長居すると別れが惜しくなるでしょう」
先ほどまでのルクスに向けてた優しさが嘘のように事務的な冷たさに戻った。真智雄は頭に疑問符を浮かべながら主久と向かい合わせになってルクスの売買契約を進める。
キャッシュで残りの支払いもされて、大きなアルミのアタッシュケースに納める。いつものように事務的にこなしながらふと真智雄は思い出し、慌てて懐から例のものを取り出す。
「四方木様、あの、こちらを…」
「ん?」
主久に渡されたのは漆黒の名刺、真智雄の深紅の名刺とはまた違うもので受け取りつつも戸惑う。
「商品のことで今後何かお困りのことが御座いましたら、そちらに問い合わせて下さいませ。と弊社の社長からの言伝です」
「社長、ですか?」
「はい。彼はご覧の通り聾唖ですのでおそらく普通には暮らせません。ですから必要なもの、ご不明な点がありましたら遠慮なくおっしゃってください」
真智雄自身も諸角が主久に名刺を渡すのか、意図は明確にわからないのでこれは推測だった。
「有難うございます…」
「それは此方の言葉で御座います、四方木様」
社交辞令として主久が返した感謝の言葉、真智雄はそのまま返して安堵したような目で景色に夢中になっているルクスの背中を見つめた。
「貴方にお買い上げ頂いて良かったです。ルクスくんのこと、お願いします」
これは商人としてでなく、俵真智雄としての気持ちだった。
主久はそんな真智雄を見た後に真智雄の目線を追うようにルクスを見る。その瞬間、快晴の光がルクスを照らしているからか、ふと「可愛い」「愛おしい」の感情が主久の心を支配した。
「…自分たちはもうしばらく此処にいます」
「………誠に有難う御座います。今後ともご贔屓のほどよろしくお願い致します。」
真智雄はルクスに気づかれないように、そっとラウンジを後にしてエレベーターで降下していく。
「ルクスくん、幸せにね…」
そう呟いて、真智雄は次のことを考えてルクスとの別れを惜しむことを忘れようと努めた。
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