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Ⅻ
ルクスはずっと外を眺めていた。キラキラと水面が太陽光に反射する初めての景色、首都高速の面白い形、行き交う人や乗り物、テレビで観たことがある風景を直接見ている喜び。音は何も聞こえないから、真智雄がいなくなったことにも気がつかなかった。
「………」
主久は真智雄に渡された名刺をそっとポケットに仕舞い、空になったアタッシュケースを手に持ってルクスのそばまで歩いた。ルクスは何となく気配で主久に気がつくと、キラキラした笑顔から一転、なぜだか申し訳なさそうな顔をして少し俯いた。
(しまった! ごしゅじんさまがいらっしゃるのに、ぼく、そとにむちゅうになっちゃって…おこられるかな?)
叱責を覚悟してふるふると震える、そんなルクスの様子がおかしくて主久は柔らかく笑った。そして先ほどと同じようにルクスの幼く細い手を壊れ物を扱うように優しく取る。ルクスは驚いたように主久を見上げた。
「外の景色は気に入ったかな?」
「……………」
少しだけ早口で読唇ができずルクスは首を傾げてしまった。
あまりに自然に声をかけてしまった主久は「あ」と気がついた。そしてルクスも気がついてラウンジを見渡した。
(あれ? まちおは? もう、ばいばいしちゃったの? ど、どうしよう…まちお…!)
不安が溢れてルクスは涙を流してしまった。もう咎めてくれる人もいないからルクスは我慢もわからなくなっていた。
その場にしゃがんで泣き始めたルクスを主久は少しだけ見つめた。
(きっと彼にとってあの外商は心の拠り所だったのだろう…確かに嗜好品として買ったとしたらあの感情は厄介に思えるのだろう……だけど、俺は…)
ルクスには聞こえないのに、なぜか主久はそっと足音を立てないようにルクスに近づく。そしてしゃがんでルクスをそっと抱きしめた。
「大丈夫、またきっと会える…」
「……………」
その言葉は唇を見ていないルクスには聞こえなかった。だけどルクスは包み込まれた体温でわかった。
ルクスは顔を上げると右手の親指と人差し指をくっつけて眉間に当てて、その手を開いてまっすぐ下ろした。この手話を主久は覚えていた。だからその右手をそっと取って、自分の唇に触れさせる。
「な い て い い よ」
その言葉を確かに受け取ったルクスは主久に縋って、また涙を流した。ルクスが落ち着くまで主久はずっと子供をあやすように優しく抱きしめ続けた。
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