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第9話
悪いことというのは重なるもので、俺は翌日生徒会の仕事で小さなミスを連発し、メンバーに心配をかけるほどだった。当然仕事が早く終わるはずもなくてその日は美術室に行くことも出来ず、泣く泣く智瑛に連絡したものの、あっさり『了解〜』で終わってしまいまた泣いた。
そのまた翌日、今日こそはと意気込んだものの、昼休みくらいから妙に体調が悪く保健室に行ったらなんと熱が9度近くもあった。当たり前だが早退させられた。その連絡も泣く泣く智瑛にしたものの、『お大事に〜』で済まされてしまってもう白目をむいて倒れそうだった。
3日寝込んで漸く復活した俺は、病み上がりとは思えないスピードで仕事を片付けて一目散に美術室に向かった。
iPadで元気が出てきたとはいえあんなに落ち込んでいたのだ。大好きなアイドルどころかすぐ会える恋人にも会えなくて更に落ち込んでいるかもしれない。というか落ち込んでいてほしい。でないと俺が落ち込む。
「智瑛…!」
ガラッと大きな音を立てて美術室のドアを開け放つと、ムッと広がる油の臭い。
部屋の真ん中に聳える大きなキャンバスと、それに向かうよく知る細身ながらしっかりした背中。子どもの頃ひっつき回った背中だ。
「あ、優太。元気になった?よかったー。」
キャンパスに向かっているのは、智瑛だ。いつもスケッチブックかスマホ相手にミオちゃんのイラストばかり描いている智瑛は、今日は大きなキャンパスを相手にミオちゃんを描いている。
そう、大きなキャンパスに油絵という、美術室に相応しい出で立ちで描いているのは今日もミオちゃんだ。それもかなりリアルで上手い。智瑛が油絵を描けるなんて知らなかった。いつにも増してカッコよく見える。
「智瑛ごめんな、ここ数日来られなくて…」
「ううん、しょうがないよ。もう平気なの?」
「ああ、疲れが出たみたいだ。風邪ですらなかったよ。」
そっか、と微笑んだ智瑛は、どことなく寂しげに見えた。再びキャンパスに向かう姿も、どことなく翳りがある。
ああ、やっぱりまだ…。
智瑛の傷がまだ癒えていないことを悟った俺の心に、ずんと重い何かがのしかかる。痛む胸を庇うようにぎゅっと抑えると、それに気がついた智瑛がそっと顔を覗き込んできた。
「智瑛…?」
大好きな精悍な顔が目の前に現れると、見慣れた顔でもドキッとしてしまう。カァッと全身が熱くなり顔に熱が集まってくると、智瑛は更に顔を近付けておでこをこつんと合わせてきた。
「優太、まだ調子悪い?」
「ちッ…智瑛!?」
「なんか元気ないよ。大丈夫?」
心配そうに眉を下げて首をかしげる智瑛の方こそ、ミオちゃんの握手会に行けなくて落ち込んでいるだろうに。それでも俺の心配をしてくれる。優しい。
その優しさは胸にのしかかった何かをあっさり取り払い、代わりに光を運んできた。
こんなことではだめだ。
俺が智瑛に元気付けられてどうする。
俺は智瑛に見えないようにグッと拳を握る。そして決意した。
「智瑛、明日を楽しみにしててくれ。」
「ん?なんで?」
「なんでもだ!」
放課後のこの誰も来ない美術室で、智瑛にミオちゃんのコスプレを披露することを。
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