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第10話

翌日、俺は初めて生徒会の仕事をサボった。 生徒会室に顔だけ出して、まだ調子が悪いと告げると意外なほどあっさりと許された。ゆっくり休んで早く元気になれよと声をかけてくれた藤田の笑顔は良心が痛んで直視出来なかった。 俺は慣れた道を小走りで通り過ぎていく。 コスプレに必要なものは既に朝イチで美術室に置いてきた。衣装とウィッグ、メイク道具まで。大きな紙袋二つになったその荷物を見られないように運び入れ、更に見つからないように隠すのは骨が折れた。 美術室はB棟の3階。階段を上がってすぐのところだ。 俺は階段からひょこっと顔を出して、周囲に人影がないのを確認すると、サッと素早く美術室に入った。 と、その時。 グイッともの凄い力で戸棚の陰に引っ張りこまれ、俺はバランスを崩してその犯人に倒れかかった。そいつはすっぽりと俺を抱え込んで離さない。 相手の顔もわからず、俺は軽くパニック状態に陥った。 「なにす…ッ!」 「シーッ!静かに!」 智瑛、だ。 ギュッとしっかり抱きしめてホールドしてくるのは、キレッキレのオタ芸のために鍛えられた見た目よりもしっかりとした腕。途端にホッとして、意外と厚い胸板にドキドキしながら言われた通り静かにしていると、やがて美術室のドアがガラッと開いて誰かが入ってきた。 見つかる…! こんなところにいるのを見つかったら生徒会をサボっているのがバレてしまう。いやそれよりこんなに密着していたら智瑛と付き合っていることがバレてしまう。いや別に俺はバレてもいいけど、バレることで智瑛と別れることになったら嫌だ。 というかこんなに密着せずに普通にそこらへんの席に座っていた方が自然なんじゃないか?ああでもこんなにくっついているのはもしかしたら初めてかもしれない!ありがとうどこの誰とも知らない貴重な逢瀬の邪魔者よ! 嬉しさと焦りで思考回路があちこちに飛びながらも智瑛の制服の匂いを堪能していると、足音はだんだんと離れていく。智瑛が顔を出して様子を伺っているのに倣って俺も顔を出すと、そこにいたのは意外な人物だった。 「あ、新…フガッ!」 「シーーーッ!」 会計の、新井だ。 新井はこちらに全く気付いていないようで、真っ直ぐに美術準備室を目指してそのドアの向こうに消えた。 美術準備室に、何の用だ?あいつ。 最近なにやら不審な行動の多い新井だが、奴な行動が不可解なのはいつものことなのであまり気にしていなかった。相変わらずよくわからないやつだ、準備室なんて先生くらいしか用がないだろうに。 いやそんなことはどうでもいい。 新井、グッジョブ…!!! お陰でこんなに智瑛に抱き締めてもらえた。最高だ。お前がそこにいるんじゃ今日ミオちゃんのコスプレを智瑛に披露することは難しそうだが、そんなのは別に明日でもいい。 「ん〜…最近ちょいちょい来るんだよね…しばらく美術室で会うのはやめた方がいいかなぁ…」 「えっ…?」 「相手が悪いよね〜。彼目立つし…また連絡するよ、場所変えよう。今日は帰ろっか。」 そう言うや否や、鞄を取って帰り支度を始める。一緒にいるところを見られたくない智瑛が、俺と一緒に帰ることは、まずない。 浮かれていたのは、俺だけ。 呆然とする俺に、智瑛はちょっと困ったように微笑んで、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。 「あとでLINEするね。ずっと会えないわけないんだからそんな顔しないでよ。」 じゃあね、と言って、智瑛は美術室を去って行った。 「…あ、」 新井〜〜〜〜〜〜ッ! 声にならない叫びは、俺の体内で何度も何度も木霊して消えて行き、俺はせっかく隠したミオちゃんコスプレセットを持って誰にも見つからないようにコソコソと帰路に着いたのだった。

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