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隠れ鬼の独白

俺はこの辺りを治めていた豪族に仕えていた。 十八から仕え、戦で敗れるまでずっと仕えていた。 実家は山奥で、父は木こりをして家計を支えていたが、大嵐が来た時に大木の下敷きになって死んだ。 母も程なくして、病で死んだ。 遺されたのは、俺と幼い弟だけだった。 木こりだけでは、弟を立派に育てられないと考えた俺は、山を下り、武士になった。 腕っ節だけは強かったので、すぐに刀の扱いにも慣れた。 ある時、仕えていた豪族が都の朝廷に貢物を渋るようになった。 都へのやっかみ……みたいなものもあったのだろうが、下々の者には分からぬ見栄のようなものだったのだと思う。 程なくして、朝廷から送られてきて武士たちと戦が始まろうとしていた。 俺が気がかりだったのは、幼い弟のことばかり。 俺は何度も頭を下げて、家に帰った。 ずっと会っていなかった弟に、会いたかったからだ。 この戦は大きくなる。そんな予感がしたから。 弟は……美しく育っていた。 小柄な体は変わらなかったが、鈴を転がすような声は、いつの間にか艶のある声に変わり、「兄上」と呼ばれる度に、胸が高鳴った。 弟、タミヤも、同じようだった。 その夜、俺たちは一線を超えてしまった。 金木犀の香りが特に強い夜だった。 弟の体は美しく、月に光り、こぼれる吐息は甘い。 どの女よりも魅力があり、俺はタミヤの体に溺れた。 しかし、別れの時はやってくる。 「タミヤ……この戦が終わったら、ここに必ず帰ってくる。それまで、待っていてくれ」 「兄上……いつまでも、いつまでもお待ちしております」 俺は家の前にある金木犀の木を指さしながら、「あの金木犀の花が再び咲いた頃には帰って来れるはずだ。それまで、あの金木犀を枯らさぬように……あの匂いを頼りにしてくるからな」と言いつけた。 素直な弟は、コクリと頷くと、家の奥にあった短刀を差し出した。 「僕の守り刀です。兄上をお守りしてもらうようにお祈りしました。どうか、お守りに持って行ってくださいませ」 俺はその短刀を受け取り、豪族の元へ帰った。 戦が始まり、最初は優勢だった我が軍も、朝廷の力に押されていき、滅ぼされた。 私は命からがら、山へ逃げ延びたが、霧が濃く、山で迷ってしまった。 それからずっと……ずっと……弟に、タミヤに会えていないのだ。 山で迷ううちに、村人達が『男を食らう鬼』の噂をしているのを聞いた。 その鬼は美少年で、男を誘い込み、殺すのだという。 その鬼の住処には、金木犀の木があるのだと。 俺は弟のタミヤだと気づいた。 どうしてそんな恐ろしいことをしているのか分からないが、とにかく山狩りをされないように山の麓に俺は下り、村人を近づけないようにした。 ……もう俺は、タミヤの所へは行けぬのだろう。 本当は分かっているのだ。 戦の話など、もうとっくの昔の話で、俺はとっくに死んでいて……。 必ず、タミヤの所へ戻るという約束を反故(ほご)にしたことをタミヤは怒っているのだ。 だから、帰れぬのだ。 頼む!お坊様! タミヤを止めて欲しい! 俺は地獄に行こうがどこへ行こうが構わない。 でも、一人で遺された可哀想なタミヤだけは救ってやってくれ。 この守り刀を、タミヤに返してやってくれ……。 そして、一言だけ伝えて欲しい……。

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