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奥州の人喰い鬼
慶明は、静かに語った。
その語りを金木犀の家の主である少年、タミヤは震えながら聞き入っていた。
全てを語り終えると、慶明は懐から出した短刀を差し出した。
タミヤは震える手で短刀を受け取り、ぎゅっと短刀を胸に抱いた。
「兄上……、ごめんなさい……!兄上、兄上……」
「タミヤさん。お兄様は最期まであなたを思い続けていました。……何故、このようなことを?」
慶明が聞くと、タミヤは顔を上げた。
そして、冷たい何の感情も乗っていない声で一言、
「金木犀が、枯れたから」
と言った。
「お坊様。僕は兄上と約束したんです。金木犀を枯らさないようにと言われてたのに……枯らしてしまった……。何とかして、もう一度金木犀の花を咲かせたかった。
兄上をひたすら待つ毎日を送っていた僕の元に、旅の男が一晩の宿を貸してほしいと言ってきました。
でも、その夜、旅の男は、僕を……汚した。
何度もやめてと言っても、そいつは僕の体を蹂躙して、辱めた。
兄上しか知らなかったのに、僕は兄上だけのものだったのに……。
その時、僕に『鬼』が宿ったのです。
僕は昼間のうちに研いでおいた包丁で男の首を裂きました。
刺されながら、旅の男は金木犀の木まで這い出し、息絶えました。
生き血が金木犀の根元を濡らすと、ほんの少しだけ、金木犀が元気になったような気がしました。
僕は、『金木犀には生き血が必要なのだ』と思い至ったのです。
その日から、旅人、猟師、木こり……男という男を喰らい尽くしました。
毎日毎日、血をやりましたが、あまり元気にならなくなったので、今度は死体をまるごと埋めました。
すると、こんなに見事な花を咲かせました。
何年もかかったけど、やっと……。
けれど、兄上は帰ってこない。迷わぬように、花を咲かせたのに……」
タミヤは、またさめざめと泣いた。
「タミヤさん、私は兄上の最期の言葉を伝えていませんでした」
「最期の言葉……?」
「今、帰った……と」
タミヤは、また短刀を握りしめ、
「兄上……おかえりなさい」
と呟いた。
一陣の風が吹いたかと思ったら、タミヤも短刀も跡形もなく、消えてしまった。
まとわりついていた霧が、さっと晴れて、むせ返るような甘い香りを放っていた金木犀の香りも忽然と消えた。
あるのは、金木犀の枯れ木と、あばら家だけ。
慶明は、金木犀の枯れ木に手を置いた。
今にも倒れてしまいそうな木を撫で、お経を読んだ。
せめて、枯れ木の根元に埋められた被害者たちとタミヤ、そして兄上が安らかに休めるようにと一晩中祈り続けた。
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