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雨宿り 仁
慶明は、お茶を一口すすると、湯呑みを置いた。
団子屋の老女は針仕事を一旦やめたのか、居眠りをしている。
「……その兄弟は、霊魂だったわけなのか?」
壮絶な話の後、嗣春は震える声で聞いた。
「声だけですので、なんとも言えませんが……恐らくは。ただ、言えることはお互いを思い合うゆえに起こった出来事。タミヤのしたことは同情の余地はあるものの、許されるものではありません」
「……タミヤは地獄に堕ちると?」
「私は僧侶の立場として言わせてもらうと、『はい』と答えますが、個人の意見として言わせてもらえれば、『分からない』とお答えします。人は死ぬとどこへ行くのか、それは永遠の疑問であります。分からないから、怖い。人は分からないものに対して、不安を抱き、その不安を解消するために、色々なことを考えます。
『地獄』や『極楽』もその解決策の一つだと思います」
静かに語る慶明は、そっと団子屋の外に顔を向けた。
雨はいつの間にか上がっている。
「おや、雨が上がりましたね」
「……お主は、どこまで見えているのだ」
この掴みどころのない僧侶に聞くも、慶明はふふふ……とあの不思議な笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「私には何も見えません。ただ、その方の言葉とお話に耳を傾けるだけ……」
慶明は、団子屋を出て、杖をつきながら歩いていった。
リンリンと鈴を鳴らしながら。
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嗣春が全てを語り終えると、貞観は大粒の涙を流していた。
「貞観様!?」
泣き出す主に嗣春はオロオロとしていると、貞観は嗣春の胸に顔を押し付けた。
細い肩は震えている。
「その兄弟は、あの世で会えただろうか……?」
普段の嗣春ならば、「分かりません」と答える所であるが、貞観を見ているとそう突き放すような答えも言えなかった。
「……会えていると、信じたいです」
「そうだな……。嗣春、我は読経をする。お前も拝むといい」
泣き腫らした顔は、いつもの子どものような無邪気な笑顔に戻った。
仏前に座ると、貞観は「嗣春」と声をかけた。
「もし、我の心に『鬼』が宿ったら、構わず切り殺しておくれ」
「何を言われるのですか……」
「これは、命令だぞ。嗣春。我はお前以外に殺されとうない」
「貞観様……」
静かに読経が始まる。
秋の青空に、声が吸い込まれていくようだ。
あの兄弟に届けばいい。
嗣春はそう思ったのと同時に、慶明の穏やかな顔も思い浮かび、そっと手を合わせた。
「奥州の隠れ鬼」終
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