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第1章-2

柊の行きつけの、駅前のファストフード店。土曜日とはいえ、中途半端な時間だからか、店はがらんとしている。 アルバイト先のまかないには飽きを覚えてきたので、昼番を終えた柊はここで、遅い昼食を摂ることにした。一切メニューを見ずに、カウンターに向かう。注文は既に、この店のバーガー類で2番目に安いチーズバーガーとお冷やに決まっていた。 「しゅう、くん」 「はい?」 そんなとき、名前を呼ばれて、柊は脊髄反射的に反応した。 「偶然だね。まさかこんな所で会えるなんて」 コンマ秒遅れて、自分に声を掛けてきた男の正体を柊の脳は認識した。 巻き戻される、一週間前の記憶のフィルム。 忘れもしない、一週間前の男。 一週間前と同じ笑みを湛えて立っている。 ご注文のお決まりの方はこちらにどうぞ、という店員の声すら柊の耳に入らない。 何故、男が自分の名前を知っているのかは勿論、ただ立ち寄っただけのファストフード店に男が現れたのか。まるで、男が自分を尾けてきたかのような。 不測の事態に混乱を起こし、背筋がカチコチに凍る。 「これ、君のでしょう?この前落としていって、どうやって渡そうかと思ったから…ちょうど良かった」 「あ…」 男は手を広げた。その上には、探していた柊の家の鍵があった。 普段、柊の両親は多忙で、家を空けたりすることが多いため、鍵を無くすということは死活問題に繋がる。一週間前のあの日も両親が帰ってきていなければ最悪、家に入れなかったのだ。 「ありがとう…ございます」 鍵に、shuと書いてあるプレートを持った、ゆるくディフォルメされたイルカがほほ笑む、少し錆びたネームキーホルダーがくっついている。柊が小学生のときに、父親が出張先の土産屋で買ってきたものをずっとつけたままにしていた。 男は、それで自分の名前を知ったのかもしれない。 柊は鍵を落としたことを酷く後悔した。 「じゃあ、俺、失礼します…」 柊は、何も注文せず、そそくさと店から退散しようとした。急上昇する心拍数。手の裏が汗で湿る。男は怪訝そうに眉を顰めた。 「まだ、君なんも食べてないでしょ。どうして?」 「えっと、いや、あの…」 柊には、男に関わりたくないからだ、と正直な返答が出来なかった。 「この前、お礼しそびれたし、奢ってあげようか」 「鍵を拾っていただけただけで、俺は十分なので…」 「気にしないで。君と話がしてみたい」 奢る、奢らないの攻防は何度か、続いた。 どうしても、奢るという男の強情な姿勢に柊は根負けした。 ついには男は店員に声を掛けて、自分にはフライドポテトとコーヒーだけ、柊には普段は、柊が選ばないような高いハンバーガーのセットメニューを頼んだ。 男の出した財布はこの前と違ったダークブラウンの長財布に変わっていた。

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