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第1章−5

それから柊は、榎本と毎日のように、とりとめのない雑談をメッセージアプリで交わすようになった。 朝のおはよう、から始まって、日常あった出来事を話し、夜のおやすみ、で終わる。 榎本は枯渇することのない泉のように、無尽蔵に話題を提供するので飽きない。 同時に、聞き上手でもあり、柊のどんな話でも真摯に聞いて話を広げてくれる。 機知に富んだ榎本とのやり取りの端々に、周りの同年代とは違った大人の余裕が垣間見えて、憧れさえも抱いていた。 それだけではなく、休日のアルバイトの終わりや、何もなくて暇な日など、予定が合えば、待ち合わせて、榎本と様々な場所に出掛けるようになった。 洒落た喫茶店、レストランから映画館、水族館、遊園地。 美術館に行くと、榎本は美大生というだけあって、門外漢にも分かりやすいよう面白おかしくしながらも、学術的な解説をしてくれるので、為にもなる。 クラスの友人と遊びに行くのとは、別種の楽しさがあった。 確かに、榎本は、いくら遠慮しようとも、柊に財布の紐を絶対に緩ませなかったり、待ち合わせ場所に、高級な外国車で乗り付ける、浮世離れした一面もあったが。 とはいえ、接していくうちに、段々と柊は榎本を意識するようになっていった。 今日の柊は、学校帰りにカップル御用達、店内の装飾のレトロさが売りである近所の喫茶店に呼び出された。 そこで出された、スタンダードな看板メニューのフレンチトーストに手をつけず、榎本の顔に見入ってしまっていた。 「秋崎くん、僕の顔なんかじーっと見て、どうしたの。変なものでもついてた?」 「い、いえ、なんでもないです」 榎本は容姿端麗な男だ。日本人離れした、整い過ぎた目鼻立ちが、温厚な性格とは対照的に冷え冷えとした印象を与える。柊は、ふとした瞬間に、そんな榎本の容姿に見惚れてしまうことが増えた気がした。 「今日はね、ちょっと遅くなったけど、秋崎くんの絵が完成したから、見て欲しくて」 「俺の絵、ですか?」 「ほら、ファストフード店で会ったときに描いた、色塗るっていった絵」 ファストフード店で榎本が見せた鉛筆を駆使する、鮮やかな手つきを思い出す。 榎本は無地の白いトートバッグから、小さな額縁に納められた柊のポートレイトを取り出して見せた。 以前の絵に、水彩絵の具で淡く色付けられたものだが、色遣いや色の重ね方が、榎本の才能の非凡さを容易に窺い知れる。 榎本に色付けられて、更に生き生きとしている画用紙の中の自分を眺めると、柊は少しどきまぎしてしまう。 「油彩でキャンバスに描きなおそうかと思って迷ったけど、この絵はありのままの君を見ながら描いたものだから、その味を殺したくなくて」 「凄い…」 柊は、賛辞の言葉を並び立てようとしたが、逆に陳腐になる気がして、下手な言葉を言えなかった。シンプルな水彩画だというのに、それほど完成度が高かったのだ。 「今度は、大きなキャンバスに君の絵を描いてみたいね」 どこか、遠くの夢を見ているような表情で榎本は呟いた。

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