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第6話

いつからだったのか。 気付けば目で追っていた。 「やめてよね、そーゆーいやらしい目で見るの。何?発情期なの?」 「っ!!だ、誰がだよ」 「ふーん、自分で気付いてないんだ?あんた、匂うよ」 そんな風に蔑まれてもどうしようもなく…… 「……噛んでやろうか?」 身体が……秘孔の奥の奥が欲っしていた。 「なぁ……兄貴?」 たった一人の弟を。 「冗談はよせ」 「はっ、何が冗談だよ?!!今日だって今夜だって待ってたんだろ?俺のこと。女と会ってた俺の帰り、待ってたんだろ?こんな夜中まで」 「違う、待ってなんか」 「違わなないだろっ!言えよ、なぁ……そうだって、待ってたって……言ってくれよ」 ーー好きだと……言ってくれ とっくに背の高さなんて追い越された弟に縋られて なのにその震える身体を抱き締めることさえ許されない。 「お前は幸せになるんだ」 Ωの兄貴なんて早く忘れて。 はぁはぁはぁはぁ 頭が割れそうだ あれは誰だ? オレは誰だ? はぁはぁはぁはぁ はぁはぁはぁはぁ 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」 弟は優秀なαでその能力が外見の美しさに比例するこの世界では誰もが認める美貌の持ち主だった。 そんな弟を見染めたのは世界的有名な大企業の会長を父に持つやはりαの女性だった。 * 喉の渇きで目が覚めた。 ベットから起き上がり自室を出て ひんやりとした真夜中のキッチンでグラスに水を注いでいると 「どう思う?」 後ろからそう声をかけられた。 「いいんじゃないか?」 ぎくっとした内心を悟られないように答える。 「俺があの女と結婚しても構わない?」 「ああ」 突き放したつもりの言葉はいつも自分を傷つけた。 「嘘だ、俺が気付かないわけないだろ」 「お前の勘違いだ」 決定的に何かが足りない会話。 ずっと慎重にそれを避けてきた。 「兄さんっ」 いきなり後ろから抱きしめられて心臓が大きく打つ。 手に持ったグラスの中の水が揺れる。 「お願い……だから、俺に優しくさせて」 弟のこんな切ない囁きを知っているのはこの世にオレだけだ。 ーーだからもうそれだけで…… 「やめろっ」 背中の温もりを振りほどきオレは嘘をつく。 「好きな(ひと)がいる」 「ちくしょう、そんなこと俺が信じると本気で思ってるの?」 「信じるも信じないもお前の勝手だ、好きにしろ」 ごくごくと水を飲み干して空になったグラスを乱暴にシンクに置いて立ち去る。 ガチャン、というその音は深夜のキッチンでやけに大きく響いた。 ガチャン! ガチャン! はぁはぁはぁはぁ 胸が苦しい あれは誰だ? はぁはぁはぁはぁ いくつもの場面がフラッシュバックのように頭の中になだれ込んでくる。 あれはオレなのか? 弟の結婚話しが順調に進んでいく中で オレたちはお互いを避けていた。 同じ家に住みながら何処にも弟の気配は感じられなかった。 匂いも、温もりも、影さえも…… 自分で遠ざけておきながらいつも弟が座っていた椅子、手をついていたテーブルや使っていたマグカップをひとりでぼんやり眺めていた。 そんな平和で危うい均衡はある夜崩れ去った。 「兄さん…俺、やっぱり結婚やめるよ」 ノックもなしでドアを開けた弟は部屋に入ってくるなりそう言った。 「俺には耐えられない」 「何言ってるんだ。オレには好きな…… 言いかけた言葉は掌で遮られる。 「それでも……それでも俺は兄さんと離れられない」 久しぶりに会った弟は少しやつれていて泣き笑いするみたいに 笑顔が歪んだ。 そんな表情(かお)させたい訳じゃないんだ。 だけど…… 「バカっ」 「好きなんだ、二番目でも……構わないから俺を、捨てるなよ」 捨てられるのはオレの方だ。 それが怖くてずっとお前から逃げてきた。 なのに…… 「お前はバカだ」 「バカでいいよ。ずっと兄さんのバカでいたい……ダメ? 俺、兄さんにバカって言われるの好きだ。その度に……ちょっと勃ってた」 目の前にいるのに男前の弟の顔がよく見えないのは涙のせいだ。 最後の心の防波堤が崩れていく。 綺麗な顔に手を近づける。 触れたいと願いながら一度も触れることが出来なかった綺麗な顔。 くっきりとした二重瞼の下の色素の薄いガラス玉みたいな瞳。 「お前の目ん玉きれーだなぁってずっと思ってた」 「本当に?嬉しい」 「ああ、舐めてやりたいくらい綺麗だ」 「あはは、それはちょっと遠慮しとこうかな……それより…… ーーもっと別の場所舐めて 導かれて触れたそれは熱く勃ち上がっていた。 ーーこれが欲しい。 「兄さん、いい匂いがする」 「トオル……お前が欲しいよ」 「優しくさせてくれ」といつか言ったように弟のキスは切なかった。 唇を閉じたままただ触れるだけのそんなキスに 腰が砕けそうになるほど感じる。 「開けて?」 真近で囁くとそっと開く唇。 「なぁ、お前キス下手クソ」 「だって、させてくれないから」 ーーファーストキス 「嘘だろ。女が途切れたことなかったくせに」 「そんなの兄さんへの当てつけだよ」 「お前……ホント、バカ」 「兄さん……俺……もうこんなだよ」 股間を押し付けられて後孔がヒクつく。 「ああ、オレも濡れてるよ」 ーー一緒に堕ちていく準備は出来た はぁはぁはぁはぁ 頭が…… はぁはぁはぁはぁ 割れそうだ はぁはぁはぁはぁ ハロウィンのコスプレをした人々が行き交う大通りを歩いていた。 約束の時間を確認しようと立ち止まってポケットからスマホを出した、その時。 「貴方なんかがいるからぁぁぁ 突然脇道から飛び出して来た女性に体当たりされて強い衝撃を感じた。 胸の辺りがやけに熱い。 女性がサッと身体を離した途端に 膝から力が抜けてそこにしゃがみ込んでしまう。 「えっ???」 痛みは後から追ってきた。 どくどくと流れ出した塊はあっという間に地面で血溜まりとなった。 刺さ…….れ、た?!! なんで? その答えは直ぐに分かった。 わなわなと震えながら立ち尽くす女性。 あぁ……そういうことか……。 それは弟の婚約者だった。 「逃げて……早く」 これでお前を自由にしてやれる。 「トオル…」 暗くなる視界と霞んでいく意識の中で愛しい名前を呼ぶ。 オレを待っているはずの弟。 「ごめんな……行けそうに……な 「きゃぁぁぁぁぁーー」 響き渡る悲鳴。 「兄さんっ」 抱き上げられてももう腕に力が入らない。 胸の中からその腕は人形の腕みたいにだらりとこぼれ落ちた。 一度くらい抱き返してやれば良かったか…な。 「兄さん……俺を置いて行くなんて…そんなこと……許さ、な……い」 首筋に冷たい唇を感じながら震える声を……オレは最後に聞いた。 ハロウィンの夜 「きゃぁぁぁぁぁぁーー」 二度目の悲鳴の中 ふたりの血液は汚れた道路で混ざり合った。 ーーこれで俺たちはひとつになれたね……兄さん ーー好きだよ、兄さん ーー誰にも渡さない 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」 ーーアイシテル ーーアイシテル ーーズットカワラナイヨ ーーソバニイル ーーズットアイシテル……永遠に……

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