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あれから1か月後……03
―道元坂side―
「いつもの経過報告書と、急きょ指示のあった調査報告書。それと素行調査……」
黒色のスーツにワインレッドのワイシャツを着て、色気を垂れ流すだけ垂れ流しまくっている男・杉本 智がポンポンとファイルをデスクの上に投げていく。
社長室の重厚なデスクの上で、ファイルがスッと滑り、俺の前で計算されたかのようにぴたっと止まった。
「智の目では、あの子はどう映っている?」
「破壊者」
「そうか」と私は呟くと、経過報告書と書かれてあるファイルを手に取った。
「楠木は恵に捨てられたと勘違いしているが、いいのか?」
ファイルに視線を落とした私を見てから、智がデスクから離れて、革のソファにどかっと荒々しく座った。
「今は安易に会えない」
「莱耶には事情くらい話してあるんだろうな?」
「何も話してない。話す時間も余裕も無かった」
「あの兄弟はまだ何も知らないのか?」
「そういうことになるな」
智が肩を持ち上がると、「荒れるな」と呟いた。
「すでに荒れてる。大型台風並みにな。智紀は莱耶を連れて、ホテルから失踪した。居場所は、智のおかげで掴んでいるが、私が知っているとわかればまたどこかに逃げだすだろう」
私は智の報告書にある智紀の写真を指で触れた。
元気そうに笑っている写真だが、この目で智紀が笑っている姿を見たのはいつのことだったか。
間があきすぎて思い出せない。
「調査はする……が、解決は己の手でやれよ。また何かあったら、連絡する」
智が立ちあがると、右手をスーツのポケットに手を突っ込んだ。
「わかってる。元より、誰かの手を借りようなどとは思わない」
「だろうね。昔から、恵は他人を頼らないから」
「智もな」
智が、にこっと笑うと片手をヒラヒラと振りながら、社長室を出て行った。
智が残していった素行調査に手を置こうとすると、その手の甲に黒光りするものがあたった。
「大型台風のおかげで甚大な被害が出ています。復興のために、寄付金をいただけますか?」
カチリと引き金を引く音がした。
私は顔をあげると、どこからか侵入した莱耶が氷のような冷たい瞳で睨んで立っていた。
「いくらだ」
「とりあえず300万円……いえ、腹立たしいから600万。すぐに現金で僕にください。それとこの会社で一人若者を雇ってください。社長の貴方なら簡単でしょ? 楠木智紀を雇うくらいどうってことない」
「莱耶、金ならいくらでも工面するが。智紀を雇う気は無い」
「僕たちの両親を殺して、一生消えない傷を負わせておいて、雇えないって全く酷い話ですよね。どうして智紀ばかりが、つらい人生になるのでしょうか。恵、全て貴方のせいで……智紀ばかりが苦しんでいる」
莱耶の手にある拳銃が上に向き、銃口が私のこめかみに触れた。
「そうだな。全て私のせいだ。いっそのこと、智紀に全てを話してしまえばいい。私が犯罪者だと。莱耶と智紀から、大切な両親を奪った殺人犯だと。そうすれば、莱耶の重く圧し掛かった心の重石が少しは軽くなる。全て私のせいにして、二人で私から逃げればいい」
「僕が、智紀に話せると?」
「楽になる。少なくとも、莱耶の心は、な」
私は席を立つと、絵画の裏にある金庫に足を向けた。
暗証番号を押して、扉を開けると莱耶に言われた600万円を手に取った。
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