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闇のルール01
―蛍side―
闇の中で、カチリと聞き慣れた音が耳のすぐ傍でした。
ぐっと腹の上に重みが加わると、額の中央に冷たいものが押し当てられた。
「ねえ、あのルールってまだ実在しているの?」
甘く囁く声と同時に、ふわっと柑橘系の香りが鼻についた。
「『あのルール』?」
深い眠りから一気に引き摺り出された俺は、擦れ声で、闇から落ちてきた言葉を繰り返した。
「だから『ルール』よ」と耳元で囁かれた。
少しずつ夢の中にいた頭がクリアになっていき、上に乗っかっているのが妹の優衣だとわかるとぐっと腹に力を入れた。
こめかみにある拳銃を弾き飛ばすと、上に乗っかっている優衣の首を掴んで体勢の優劣を逆転させた。
ベッドのスプリングが大きく上下に揺れ、優衣の手から離れた拳銃が、ドォンっと暴発した。
拳銃の放たれた光によって、一瞬だけ優衣の表情が垣間見れた。
まるで母だ。
親子なんだから、母親に似ていて当たり前なのだろうが。
雰囲気も、口調も……。表情までも、母親にそっくりだった。
俺をいつも軽蔑し、弱い男だとずっと言い続けてきた母親が、生き返ったみたいだ。
傍にいるだけで、威圧感があり、劣等感を与えてくるオーラが、この女には身についていやがる。
なんて女だ。未成年のくせに。俺より年下のくせに、なんて芸を持っているんだ。
ドスドスっと足音が聞こえると、勢いよくドアが開いた。
「蛍、どうしたっ!?」
親父の声だ。珍しく声にトーンがあり、感情が窺える。
俺を心配してくれているようだ。
「大丈夫。何でもないよ。優衣が寝ぼけてたみたいで、俺の部屋と間違えたんだ。それを俺が侵入者だと思って、銃を発砲した。誰も怪我はしてないから、平気……」
ベッドに沈んでいる優衣の口元を押さえたまま、俺は親父に返事をした。
「本当にそれだけか?」
「ああ」と俺は短く頷いた。
親父は、今さらながら家族ごっこを楽しんでいる。
今まで経験できなかった『家族』の温もりを実感していたいのだろう。
俺はそんなものに興味は無いが、すっかり付き合わされちまってる。
親父がそれで満足するなら……。とか、思っちまう。俺には親父に大きな借りがあるから。
「なら、いいが」と親父は少し不満げな声で、俺の部屋のドアを閉めていった。
親父の足音が遠ざかっていくのを耳で確認してから、優衣の上から俺はどいた。
「ルール」と、優衣がベッドに横になったまま、口を開いた。
「何のルールだよっ!」
「親を殺して、その地位を喰らうの。蛍もそうだったんでしょ? 私のお母さんを殺して、今の地位を手にいれた」
俺の肩がぴくっと勝手に反応する。
『私のお母さん』って言い方にも、何か引っ掛かりを感じる。
母さんと一緒に暮らしてきたのは、俺なのに。一緒に暮らした記憶すら無い優衣の口から『お母さん』と言われるのは納得いかない。
優衣がベッドに腰掛けている俺の背後につくと、ツツっと太腿を撫であげた。
「私にもそのルールは適応されるのかな?」
「はあ?」
「私だって、小森の血が流れてるんだし。あ……。もしかして死にたくない? 年下の女に殺されるなんてプライドが許さない?」
チュッと優衣が俺の首筋にキスを落とした。
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