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最悪のシナリオ01

―智紀side―  ピンポーン、ピンポーンとさっきから煩いくらいに鳴っている。  ライさんに、誰であろうと無視するようにと言われている。  たとえ道元坂であっても、不用意にあけてはいけないって。ライさんに何度も念を押されている。  だから何度、呼び鈴が鳴ろうと俺は出てはいけないと心に言い聞かせている……のだが、こうも何度も慣らされると、強く思っていても心が揺らぎそうになるものだ。 「ええーい、煩い!! うるさいっ」  俺は布団を頭から被ると、身体を小さく丸めた。  早くライさん、帰ってきてくれよ。  呼び鈴がうるさくてかなわない。どうにかしたいのに、俺じゃ、何もできない。  ぎゅっと瞼を閉じて、布団の中で耳を塞いだ。  すると俺の気持ちが相手に伝わったのか、激しい呼び鈴音がいきなり止んだ。 「あ……あれ!?」  帰った、のか?  俺は布団の中からひょこっと頭を出した。 「堂々と居留守を使われるって良い気がしないわよね」  頭上から女性の声がして、俺はがばっと顔をあげた。  真っ赤なミニスカワンピースな女子が、まるで携帯を握るかのようにいとも慣れた感覚で拳銃を握っていた。  スッとしゃがみこんだ女子が、銃口を俺の額に向けて、にっこりと笑った。 「初めまして。楠木 智紀さんっ……」  ローズのグロスから、俺の名を呟いた女子がにっこりと笑った。  似てる……誰かに、似てる。  心底から震えあがるような笑みに、人の感情なんて皆無なんじゃないかってくらいな冷徹な瞳に、俺は見覚えがある。 「小森 梓」と俺はぽろりと声に出した。 「……の娘の優衣よ。お父さんから聞いてるでしょ?」 「お…『お父さん』!?」 「道元坂 恵よ。知らない振りをしているつもり? それとも馬鹿なの?」  優衣って子の銃口の先が、俺の額にこつんとぶつけられた。  俺、殺されるのだろうか? 「俺は道元坂から何も聞かされていない。優衣っていう娘がいるってことしか俺は知らない。あんたはどうして、俺に拳銃を向けているんだよ!!」  道元坂と知り合ってから、何度、俺は拳銃を向けられたのだろう。  その度に、恐怖が身体を支配し、死と隣り合わせになる。 『怖い』というくくりの表現なのだろう。  でも違う。『怖い』っていう言葉が陳腐になるくらい、どす黒い恐怖が全身を覆い尽くす。 「何も聞かされてない? まさか……。だって貴方、お父さんの恋人なんでしょう? それも長年の付き合いに……はっ、そういうこと。わかった。身体の関係はあっても、心の関係は築けてないのね」  優衣がクスクスと笑いだした。 「そうよね。築けるはずないわよねえ。あんなことした人だもの。お父さんだって、貴方をどう思っているのかしら、疑問よね。こんなセキュリティもなってないアパートに暮らさせるなんて、信じられないわ」 「なに……言ってんのか、意味がわかんねえんだけど?」  俺はキッと、優衣を睨んだ。 「睨んでも怖くないわよ。お父さんの睨みのほうが何十倍も怖いもの。何も知らないなら、私が教えてあげる。貴方に必死に隠しているお父さんの秘密を……」  優衣がにっこりと笑って、銃口を額からそらした。  太腿につけているホルスターに、拳銃を仕舞うと、ローテーブルにドカンと座って足を組んだ。 「聞きたくない」と俺は答えると、優衣から目をそらす。  道元坂が秘密にしたがっているなら、聞かない。俺はそう決めている。  俺に言わないってことは、俺が聞く必要のない話しなんだろうから。 「あら、聞いておくべきよ。貴方は知っているべき。貴方が『ライさん』と呼んでいる男が、実は『楠木 莱耶』だった……とか、ね」 「は? 兄貴は、もう何年も前に死んだ。ライさんが兄貴になわけ……」 「コンタクトで目の色を変え、髪を染めて……。別人になるのなんて簡単よ。殺し屋『ライ』として、表の顔を無くしたの。ま、殺し屋として確立する前に、貴方の護衛になってしまったみたいだけど。あとは、貴方の両親のこと。私、知っているわ」  優衣がまた拳銃をホルスターから引き抜いて、手に握った。  ライさんが、兄貴!?  まさか。だって、兄貴は死んだんだ。  遺体だって引き取ったし、葬式だってあげたし。でも……。

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