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最悪のシナリオ05
―智紀side―
『智紀』という聞き慣れた低い声に、俺はびくっと肩を跳ねあがらせた。
「お、驚かすなよ!! 俺、隠れてるんだから」
俺は背後に立っている道元坂に振り返りながら、小さく怒鳴った。
「大丈夫だ。優衣は智紀を殺す意思は無い」
「わ、わからないだろ!!」
「殺す価値のない男だと、電話でそうはっきり断言していた。だから、どんなことがあろうとお前は殺されはしない」
「道元坂……まるで、道元坂が殺されるみたいな言い方だな」
「さあ、どうだろうな。私が殺されないという保証はない。ライも蛍も居ない今、私は孤島に放り出された子ども同然だ。優衣の言うとおり、私さえ殺せば、私の組織など壊滅だ」
「いつでも強気発言な道元坂らしくないな」
俺は立ち上がると、道元坂の胸をポンっと押した。
道元坂は覇気のない笑みを浮かべると、瞼を閉じた。
「子どもを失い、仲間を失い、恋人さえも失いかけている現状で、強気な姿勢を貫くのは難しい」
「俺はここにいる。恋人はまだ失ってないだろ!!」
「でも軽蔑……しているだろ? いや、違うか。私を憎みに殺したいと思っても仕方が無い」
「何を言っているんだ?」
俺は眉尻をさげて、道元坂の顔を覗きこんだ。
滅多に表情を変えることのない道元坂が、驚いたように目を丸くした。
「優衣……から聞いたんだろ?」
「ああ。聞いた。ライさんが俺の兄貴で、道元坂は昔、俺の両親を殺したって。それは事実か?」
「……ああ。事実だ」
「そうか。わかった。それ以上は聞かない。だから道元坂も、無理して俺に告白する必要は無いからな」
俺はフッと笑顔をつくると、道元坂のネクタイを掴んで口づけをした。
チュッと唇に触れるだけのキスをして、俺は道元坂の袖口を摘まんだ。
「本当は聞きたいよ。全てを知りたいと思う。でも今は聞かない。聞きたくない。俺は道元坂がいないと生きていけない。道元坂も、同じであってほしい。俺たちはこれからもずっと二人で人生を歩んでいくんだ。だから俺は……聞かない」
道元坂が口を真一文字にきゅっと閉じると、俺を抱きしめた。
強く強く、骨まで痛むようなほど強く俺を抱きしめて、「ありがとう」と耳元で囁いた。
「で、ライさんと蛍が死んだって本当? にわかに信じ難いんだけど」
「智紀は良い勘しているな。二人とも生きている。蛍のほうは、かろうじて……だがな。ライのほうはピンピンしているぞ」
「やっぱり。優衣側にはデマが流れるってことか」
道元坂が、ニヤリといつもの勝ち誇った表情で笑った。
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